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[コラム]マッカーサーの誤断を繰り返してはならない

登録:2017-06-29 04:20 修正:2017-06-30 06:06
1950年12月、長津湖の戦闘で中国軍の包囲網を突破し興南に撤退していた米海兵隊が雪の上で休憩を取っている=資料写真//ハンギョレ新聞社

 今もTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備をめぐる中国の警告が繰り返されている。中国の協力がなければ、北朝鮮の核と長距離ミサイルの開発を中止させ、究極的に非核化を実現することはできない。

 国連軍がソウルを修復し、破竹の勢いで北進していた(1950年)10月15日、マッカーサーはトルーマン大統領に会った。「中国が朝鮮戦争に介入することはないか?」(トルーマン)。「私たちは中国共産軍の介入を恐れない。中国共産軍には空軍がない」。マッカーサーは中国共産軍が介入しても、2万~3万人だけが試しに参戦するだろうと予測していた。

 中国は、国連軍が38度線を越えて北進すると、このように警告した。「(これは)中国の安全に対する重大な脅威だ。…中国人民は米国の侵略戦争に対抗することを決して恐れないだろう」。(10月9日にも)警告は発せられた。北進が続くと、中国共産軍は平壌(ピョンヤン)が陥落した頃から30万の大軍を平安北道北東部の山岳地帯と咸鏡道の蓋馬高原(ケマゴウォン)一帯に布陣させた。

 マッカーサーはこれを無視し、東部戦線で10月10日に元山(ウォンサン)を、17日には咸興(ハムン)と興南(フンナム)を占領し、西部戦線では19日に平壌(ピョンヤン)を占領した。26日には韓国軍6師団の先遣隊が鴨緑江(アムノクカン)岸の楚山(チョサン)に達した。北朝鮮政権の臨時首都である平安北道江界(カンギェ)を占領すれば、戦争は終わると思われた。しかし、野戦軍と米中央情報局、軍情報機関は中国共産軍の全面的介入を重ねて警告していた。

 結局、10月26日、平安北道の東北地域から中国共産軍の大攻勢が始まった(第1次攻勢)。米1軍団と韓国軍2軍団は深刻な打撃を受けて清川江(チョンチョンガン)以南に撤退した。中国共産軍の捕虜を通じて全面的な介入が確認されたが、マッカーサー司令部はそれを無視した。中国共産軍は約10日間にわたる攻勢後、いつのまにか姿を消し、マッカーサーの誤断を後押しした。

 消えた中国共産軍は退却したわけではななかった。13兵団の約18万人が再び狄踰嶺(チョギュリョン)山脈に、9兵団(7個師団規模)の約12万人が長津湖(チャンジンホ)や蓋馬高原一帯で待ち伏せして、米軍が包囲網にかかることを待っていた。マッカーサーは11月24日、再び大規模な圧迫包囲作戦の開始を命令し、「クリスマスまで戦争を終わらせる」とマスコミに公言した。

 それが悲劇の始まりだった。西部戦線の米陸軍1、9軍団と韓国軍2軍団は早くから中国共産軍の第2次攻勢に致命傷を負い、38度線以南に退却した。米海兵1師団は黄草嶺(ファンチョリョン)を越え、いわゆる「死の谷」を過ぎてハガルウリに師団司令部を設置し、6連隊は長津湖北端の柳潭里(ユダムニ)まで進駐した。9兵団が10倍を超える兵力で包囲攻撃を始めたのはその時だった。第二次世界大戦のモスクワの戦いとスターリングラードの戦いと共に、3大冬季戦闘の一つとされる長津湖の戦いはこうして繰り広げられた。

 12月11日、死の谷の南端の中興里(チュンフンニ)を抜け出すまで海兵1師団は7294人もの死傷者を出した。米軍戦史は「歴史上最も苦戦した戦闘」として記録しており、時事週刊誌「ニューズウィーク」は「真珠湾奇襲以来、米軍歴史上最悪の敗戦」と評価した。しかし、海兵1師団は退却する際、中国共産軍9兵団を無力化させ、追撃を断念させた。9兵団が健在だったら、興南撤収は不可能であり、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が避難民の息子として巨済で生まれることもなかっただろう。

 米国は去る5月、バージニア州ワシントン近隣の米海兵隊博物館に長津湖戦闘記念碑を建てた。文大統領は今日まさにその記念碑に献花することで、米国公式訪問の日程を開始した。興南撤収の避難民の息子として米国民に感謝の気持ちを表すのに、これ以上意味のある行事はないだろう。しかし、文大統領の献花が単なる感謝や追悼に止まってはならない。これを通じて最高司令官の傲慢と誤断がどれほど大きな犠牲をもたらしたのか、結果的に北朝鮮を現在米国の「実存的脅威」にしたのかを、米国国民と政界が記憶するようにすべきだ。

クァク・ビョンチャン先任記者//ハンギョレ新聞社

 歴史における仮定は無意味だと言われる。しかし、マッカーサーが当時中国の警告に耳を傾けたならどうなっただろうと思うと、いつまでも悔しさが残る。平壌と元山を結ぶ線で北進を止めて、中国と外交的交渉を通じて、戦争の中止あるいは終戦を折衷したなら、朝鮮半島の情勢は今とは180度変わっていただろう。

 今もTHAAD配備をめぐる中国の警告が繰り返されている。しかし、米国と韓国は中国の警告を無視したり、見下す傾向がある。韓国と米国同様、中国も安保国益の侵害については(これまで)一歩も退かなかった。長津湖の戦いがその証拠だ。中国の協力がなければ、北朝鮮の核と長距離ミサイルの開発を中止させ、究極的に非核化を実現することはできない。そのような中国の強い要請を無視するのは、米国の国益にも合致しない。

クァク・ビョンチャン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/800719.html 韓国語原文入力:2017-06-28 21:13
訳H.J(2213字)

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