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[社説]民主的価値を考え直す姦通罪の違憲決定

登録:2015-02-27 07:14 修正:2015-02-27 07:28

 刑法の姦通罪処罰規定は違憲と憲法裁判所が決定した。100年以上続いてきた実定法であり公序良俗という道徳的支持を受けてきた刑法規定が廃止されるのに伴う社会文化的な波紋は小さくはないようだ。しかし現代的な刑事司法の原則に照らしてみれば当然の結論であり、むしろ遅すぎる決定である。憲法裁判所は1990年から2008年までに四度にわたって姦通罪の規定を合憲と判断したことがある。今さらながらにせよ違憲決定されたことは個人の自由の領域に国家が介入しすぎていた韓国の刑事司法体系全般に対する見直しの契機になる象徴的な意味もある。

 憲法裁は多数意見として「たとえ非道徳的な行為でも本質的に個人の私生活のことであり社会に及ぼす弊害がさほど大きくない場合や具体的な法益についての明白な侵害がない場合には国家権力は介入してはならない」と示した。一夫一婦制に基づく婚姻制度の保護と夫婦間の性的な努力義務という名分があっても、憲法が保障する個人の性的な自己決定権と私生活の自由を侵害してはならないというものである。もう少し広い見方をすると、抽象的な危険性を根拠に国家が可否の判定者として個人の権利を侵害してはならないという原則が確認された決定である。我が国(韓国)と北朝鮮、台湾及びイスラム圏の国家を除いては事実上姦通罪が続けられている国はないという点から世界的な傾向にも沿っている。

 もちろん法理的な正当性とは別に副作用を心配する見方もなくはない。長年あった姦通罪が突然廃止されることによって姦通行為に正当性が認められたように見誤りえる心配が代表的なものだ。しかし憲法裁の決定は姦通と同じ性的な私生活の領域に国家が刑罰権を動員してまで介入してはならないという意味だけであり、正常な婚姻関係を破綻させる不正行為に対する道徳的な批判まで否定したのではない。刑法ではなく、民法や家事審判法を通じて法的な責任を問うことは従来同様にできる。憲法裁は少数意見として指摘したように、離婚の過程で経済・社会的な弱者は保護されずに子供の人権と福祉が阻害されることがあってはならない。この点については国会と裁判所は新しい状況に合わせて実効力ある正義が実現されるように法と判例を積極的に補完していく必要がある。

 今回の憲法裁の決定は単に姦通罪という一つの論争を越えて、民主共和国での公権力と個人の関係という法哲学的な問題を考え直すきっかけも提供している。李明博(イ・ミョンパク)、朴槿恵(パク・クネ) の両政権で民主社会の基盤になっている表現、結社、良心、私生活などの個人の自由は日ごとに萎縮させられている。性的な自己決定権に劣らない本質的な権利であるのに国家権力が介入しすぎているためである。個人は国家の決定であればプライバシーまで明かさなければならない受身的な存在ではなく、侵されることのない自由と権利を持った主権者というのが憲法裁の決定の本質であり、これは政治、経済、社会、文化のすべての領域で貫かれるべき憲法原理である。

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015/02/26 18:36 

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/679884.html 訳T.W(1354字)

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