登録 : 2014.08.17 09:57 修正 : 2014.08.18 07:49

徐勝(ソ・スン)立命館大学教授
日本の憲法九条と憲法九条運動

徐勝(ソ・スン)立命館大学教授

日本軍国主義をきちんと清算し
東アジアの緊張緩和に乗り出そう
日本の平和勢力に対する激励・連帯が必要

 日本の安倍内閣は7月1日「集団的自衛権」行使は合憲との「解釈改憲」を断行した。自民党が推進してきた改憲案の骨子は、「象徴」天皇を国家元首にし国防軍創設、国家主義教育、個人の人権や自由の制限と「公」概念の拡大などだ。その核心は軍事力の保有と交戦権を否認した憲法第九条の廃棄ないしは変更だ。

 自民党は一昨年の衆院選で三分の二に近い議席を得たが、衆院・参院で三分の二の賛成、国民投票で過半数の賛成という改憲の壁を越えることが難しくなり、「解釈改憲」を強行した。解釈改憲で膨らむ矛盾を逆に口実にして、改憲まで押し進めようとしているわけだ。まず周辺事態法や有事(戦争事態)法、日米安保条約のガイドラインなど関係法令を改正しなければならないため、今すぐには安倍の欲望通りにはならないものの、日本軍国主義の復活を警戒する東アジアの反発は荒々しい。

 現行の日本平和憲法は、米軍政下で1947年マッカーサーの強力な注文により、日本軍国主義の解体というアメリカの対日占領目的を果たすために、旧帝国憲法を改正して成立した。日本に平和を「強要」するために、「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」を基本価値にした。

 しかし日本は、平和憲法を制定した直後からアメリカの承諾を得て「自衛権」はあるとの憲法解釈により「自衛隊」の名前で戦力を再建した。以後、自衛隊を拡張して一貫して憲法を変質させてきたが、全面的憲法改訂には至れなかった。安倍の夢は、A級戦犯だった母方の祖父母 岸信介元総理の宿願だった改憲(憲法九条破棄)と自主国防(戦争できる国)を実現して「日本を取り戻す」ことだ。

 軍国主義者として知られる中曽根康弘元総理(1982~1987)が作った「憲法改正の歌」がある。「この憲法のある限り/無条件降伏つづくなり/マック憲法守れるは/マ元帥の下僕(げぼく)なり」この歌に日本改憲派たちの悔恨がにじみ出ている。アジア太平洋戦争に敗れた日本は、ポツダム宣言による無条件降伏勧告を「国体の護持」(天皇制の維持)という条件を付けて受け入れた。7年間の米軍政を終えて1952年「主権回復」した後も、日米安保条約によって米軍の駐屯を受け入れて、軍事権がなく、外交権さえアメリカの強力な影響下に置かれる「属国」として存在してきた。軍国日本の栄光を懐かしむ者たちには、平和と民主主義を標榜する日本憲法と日本現代史は汚辱で充ちているのである。憲法を改正して堂々と軍隊を持てる「普通国家」になることが至上命題なのである。

 平和憲法を日本国民が受け入れたのには理由がある。第一に、アメリカの力と圧倒的な影響力だ。第二に、原爆や大空襲により悽惨な戦争の現実に直面した日本国民の「二度と戦争は嫌だ」と言う被害者意識または「厭戦意識」だ。だから強要された平和憲法を日本国民が主体的に選択し、日本の大衆的な平和意識が形成され、護憲運動ないし「憲法九条運動」へと繋がっていった。ここでは積極的に戦争に反対する反戦よりは、不戦ないし非戦という言葉が多く使われた。第三に、日本軍国主義に踏みにじられた東アジアの多くの民族の非難の声の存在だ。

 戦後日本の平和運動は、原爆被害を強調する非核平和運動から始まった。1950年代から始まった保守派の改憲、軍隊復活に対抗する護憲運動や「憲法九条運動」には、全ての戦争と暴力、そして殺人組職である軍隊を否定する普遍的絶対平和主義の性格があった。しかし1950~60年代に社会党、共産党などの政治勢力が主導した平和運動には、反米・反戦思想を背景にアメリカの戦争と日本駐屯に反対して日本軍国主義の復活に反対する政治闘争の性格があった。冷戦体制の崩壊を経て思想と陣営の論理が弱まった後、日本の護憲運動は普遍的で理想主義的な性格を深化させた。憲法九条の理想を世界に普及させようとする「憲法九条世界化運動」や最近の「憲法九条ノーベル平和賞受賞運動」へと展開した。

 戦争と暴力のない世界の実現という絶対平和主義の高い理想に反対する人はいないだろう。憲法九条運動が日本軍国主義を封印することに一定の貢献を果たしたことも認めなければならないだろう。韓国でも憲法九条運動に参加しようという動きも現われた。

 護憲勢力や憲法九条運動が日本で最も良質な平和勢力であることは間違いないが、私たちが無条件に参加するには、ぎこちない部分がある。第一に憲法九条がこれまでに根本的に変質して殻だけが残り、ノーベル平和賞がその精神に対してではなく人物や団体に授与されている点を考えると、安倍総理や九条の会が受賞することになるが、そうなれば日本が本当に平和国家であるかのような誤解を世界に招く余地がある。第二に、それでも絶対平和主義の理想に賛同しなければならないと主張するのなら、同時に韓国の憲法を平和主義に変える運動をしなければならないし、南北の対立解消と非武装化を実現する運動を並行してこそ道理に合う。第三に、日本国内でも平和運動があまりに憲法九条に寄り添ってきたとの批判がある。それに憲法九条が平和憲法を守護する役目を果たしてきたとは言うが、集団的自衛権行使という解釈改憲を防げなかったことから限界と無力さが明らかなのに、この状況でまだ憲法九条だけが理想だと言うのだろうか?

 核心的な問題は、東アジア近現代史の脈絡で日本の平和主義を見る視点だ。そうするならば、アメリカと日本によって歪曲されてきた日本軍国主義解体の歴史をさかのぼり、日本敗戦当時の原点に帰らなければならない。戦後日本の最大の課題は軍国主義の解体だった。憲法九条の意味は、日本が再び戦犯国家、侵略国家、軍国主義ファシスト国家にならないようにすることだった。すなわちアメリカの立場としては「再び真珠湾攻撃の侮辱を受けないように(Never again the Pearl Harvour)」日本を無力化してアメリカの統制下に掌握することだ。軍隊の解体と民主化はそのために遂行された。しかし日本軍国主義の解体は、アメリカによって遂行されながら、アメリカによって歪曲された。日本もひたすらアメリカの表情のみを見ながら戦後復興を進めたし、そこには日帝が甚大な被害を与えた東アジアの姿も、過去の清算もなかった。

 日本の平和勢力に激励と連帯のメッセージを送ると同時に、直ちに日本軍国主義復活反対のための韓国・日本共同行動が必要だ。日帝の犯した戦争犯罪が、憲法九条が成立した原因であるだけに、軍国主義をきちんと清算しなければならないと日本に想起させ、軍国主義が完全に清算されるまでは、日本が九条を元来の主旨通りに守る義務があると主張しなければならない。同時に東アジアの平和のために軍事的緊張緩和、特に朝鮮半島の平和と統一を日本が阻害してはならないという注意を喚起しなければならない。韓国では日本の再武装に反対すると同時に、南北和解、南北平和体制の樹立、南北軍縮、韓半島非核化などを力強く展開しなければならない。日本で蔓延している、在日同胞や朝鮮半島南北と中国に対する民族憎悪犯罪に反対する運動が、日常的な平和の実践であることを日本の憲法九条運動にも悟らせなければならない。

 集団的自衛権は、韓・米・日軍事同盟と一体化した日本の軍事的貢献を求めるアメリカの利益と、その間隙を利用して独自の軍事化を夢見る日本の同床異夢が作り出した作品だ。韓半島と東アジアの平和を追い求める我々の判断は、アメリカの国益と独立したものでなければならないことを肝に銘じなければならない。

韓国語原文入力:2014/08/11 14:05
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/650533.html 訳M.S(3331字)

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