来る17日、5・16軍事クーデターから始まった長期独裁の頂点であり韓国現代史で最も暗鬱な時期に挙げられる‘維新体制’が始まって40年になる。 <ハンギョレ>は維新体制が私たちの社会に残した影と今日に与える教訓を探ってみる専門家連続寄稿を4回にわたって載せる。 アン・ビョンウク カトリック大教授とイ・ビョンチョン江原(カンウォン)大教授が、維新が韓国政治・社会と経済に持たらした矛盾と問題を明らかにし、イム・ジボン西江(ソガン)大教授は憲政体制にもたらした維新の影を分析する。 カン・マンギル前尚志(サンジ)大総長は維新体制に対する巨視的評価と歴史の教訓を整理する。
1972年10月17日夜、朴正熙大統領は突然 非常戒厳を宣言し国会を解散した。 政治活動を禁止し憲法機能を停止させた。 後に維新と呼ばれた‘大統領特別宣言’を敢行したのだ。
朴正熙は権力層内部ですら合意や同意がなく強固な勢力もなしに史上類例のない自己中心の親衛クーデターを押しつけた。 彼は維新憲法国民投票を戒厳布告令で知らせ、一切の批判を封じ込めた後に投票率91.9%, 賛成率91.5%を引き出した。
維新体制大統領は統一主体国民会議代議員が賛否討論もせずに間接選挙制で選出した。 6年任期で再任制限は廃止し、朴正熙1人だけが候補として推戴された選挙は単なる要式行為に過ぎなかった。 いわゆる‘筒代議員’らは邑・面・洞でセマウル指導者、予備軍中隊長などあらかじめ決められた親与党人物だった。 2回選挙を行ったが反対票一つなく無効・棄権票二三票を除いて全員賛成で朴正熙を大統領に選出した。
このようにして作られた維新体制の特徴は大きく4点に要約される。 第一に大統領一人に立法・司法・行政の三権を集中させて帝王的権限を行使できるようにした。 大統領は国会議員の3分の1を任命して与党候補も公認したので、実際に国会の3分の2以上を掌握した。 司法府も大統領が大法院長(訳注:最高裁長官に相当)と裁判官を直接任命しただけでなく再任命制を設けて統率した。 すなわち民主主義の原則を完全否定するということだった。 当時多くの人々は終身執権はもちろん種々の情況から世襲まで念頭に置いたものだと考えた。
次に、主要国家政策は朴正熙一人の専横で決定され、彼の感情に大きく左右された。 したがって‘猟奇的事件’が頻発したが、超法規的緊急措置、金大中拉致、人民革命党8人の司法殺人などが端的なある例だ。 対外的にも周辺の日本・米国と最悪の対立の中で孤立無援を自ら招来した。 当初維新を統一に備えた改革と宣言したことや、慶北(キョンブク)、浦項(ポハン)で石油が発見されたという1976年発表などに見られるように、朴正熙はすでに事実ではないことを知っていながらも明らかな嘘言を繰り返した。 併せて執権末期の女性遍歴などのスキャンダルからも確認されるように、彼は不道徳な行動と残忍な性格でNO,2は絶対に容認しない暴君スタイルの典型だった。
第三に、維新体制は国民の支持を受けられず、大衆の自発的動員にも失敗した。 朴正熙逝去直後に米国国務部のホルブルク次官補さえ「ソウルで悲しみに濡れた目は見られなかった」として朴正熙を補助した公職者からも真の哀悼の感情がないことを見て驚いたと記録した。 維新体制は利権特典で結ばれた権力構造の総体的不正腐敗、外債危機と物価暴騰を引き起こし国家と庶民を破産の危機に追い込んだ。 それゆえに維新体制は朴正熙の殺害と共に瞬時にして瓦解した。
第四に、維新は国家や社会の危機のせいではなく周辺状況の肯定的変化を歪曲し歴史を誤って導きながら登場した。 1970年代は韓国社会が長期にわたる試練を克服して民主発展を図れるはずの貴重な歴史的チャンスであった。 70年代が民主社会であったなら国民が力量を自由に発揮して、光州(クァンジュ)虐殺・第5共和国のような80年代の破綻はもちろん、90年代の経済危機や地域葛藤も発生しなかった筈であり、今日の両極化現象も避けられただろう。 しかし維新体制は正常な歴史発展を不可能にさせ深刻な後遺症を誘発した。
1977年12月に実施された夜間灯火管制訓練は、維新統治の実状を象徴的に見せる事件の一つだ。 6・25戦争の時でこそ通用したような時代錯誤的訓練で当時商店では窓のカーテンが品切れになり、時計塔の灯りまで消さなければならなかった。 その夜、朴正熙は南山(ナムサン)タワーからソウル市内の不夜城の灯火が一瞬消える光景を望遠鏡で観察していた。 その日の夜のように維新時期に国民は漆黒の時代をひっそりと耐えなければならなかった。 専制君主制と変わらない朴正熙の維新統治は回復し難い人権弾圧の傷痕を残した。 維新体制は私たちの歴史はもちろん世界民主主義の歴史から消すことのできない反民主独裁として記録されるだろう。
アン・ビョンウク/カトリック大国史学科教授
原文入力:2012.10.15 23:11(2229字)