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「大戦争の前夜」か…「抑止」が薄れる瞬間に戦争は始まる

トランプの野望、帝国の本性 
第1次、第2次世界大戦直前と「歴史的平行」
米国のトランプ大統領とロシアのプーチン大統領が昨年8月15日、アラスカのアンカレッジにあるエルメンドルフ・リチャードソン統合基地で握手を交わしている=アンカレッジ/AP・聯合ニュース
トランプの野望、帝国の本性//ハンギョレ新聞社

 1914年6月28日、バルカン半島のサラエボでオーストリア皇太子が暗殺された。その銃声が第1次世界大戦へと拡大するまでには、わずか5週間しかかからなかった。死傷者4000万人の大戦争が起こるとは、当時は誰も予想できなかった。開戦当時の英国外相、エドワード・グレイは1925年の回顧録で、あの時代を天気に例えてこう書いている。「1914年初めの数カ月間、国際情勢の空はいつになく晴れわたって見えた」

 後に歴史家たちはあの戦争を、構造的要因が蓄積した結果だったと説明した。既存の大国英国と新興大国ドイツの緊張と相互不信、保護貿易主義の台頭とグローバリゼーションの後退、民族主義の勃興、領土拡張主義と植民地争奪戦、軍拡競争が積み重なった中、主要国の指導者たちの傲慢さと判断の誤り、愚かさが積み重なって爆発したというのだ。残念ながら、現在の世界は1914年以前、そして第2次世界大戦が始まった1939年以前と似ているところが少なくない。英国とドイツを米国と中国に入れ替えれば成り立つほど、貿易、軍事、安全保障などの様々な分野で似たような様相を呈している。さらに主要国の指導者たちまでもが、旧帝国を再建しようという虚しい野望を抱いている。

■局地戦はいかに大戦争の火種となるのか

 大国間の競争が激しい時は、小さな衝突も破局へとつながる。特に、地域戦争が国際的なけん制や圧力によって制御されずに放置されると、それが火種となる。第1次大戦前には、モロッコの地位をめぐるドイツとフランスの対立である第1次モロッコ事件(1905~06年)、オーストリア=ハンガリー帝国のボスニア併合(1908年)、第2次モロッコ事件(1911年)、バルカン戦争(1912~13年)が相次いで発生。第2次大戦前には、日本の満州侵攻(1931年)、イタリアのエチオピア侵攻(1935年)、ドイツによるラインラント再武装(1936年)、オーストリア併合(1938年)、チェコ併合(1939年)が相次いだ。制御を受けない前例は次の挑発のハードルを下げた。

 だから今の諸戦争も危うい。ロシアのウクライナ侵攻は4年半続いており、3年前に始まったイスラエル・ハマス戦争は名目上の停戦の下で事実上の限定的な戦争が続いており、米国のイラン侵攻もすでに半年を超えている。共通点は、大国または地域大国が自国の影響圏を拡大しようとしているということだ。目標達成のためなら国際法も気にとめない。さらに、戦犯裁判に付されること自体を阻止するため、第2次大戦後に国際規範によって位置付けられてきた国際刑事裁判所(ICC)さえも無力化しようとしている。米国は最近、ICCの所長と上級検察官を制裁の対象にしている。

■1914年、1939年への道?

 著名な歴史学者や専門家が第1次、第2次大戦直前と現在の類似性、いわゆる「歴史的平行」を真剣に訴えていることは、注目に値する。第1次大戦直前との平行を主張する代表的な歴史学者は、米国イェール大学のオッド・アルネ・ウェスタッド教授である。同氏は今年出版された著書『嵐が来る』(未邦訳)で、19世紀後半から20世紀初頭の世界の特徴として、大国間の長期の平和、英国のヘゲモニーの衰退と多極的競争、経済のグローバル化などをあげつつ、戦争はこれらの条件がほぼ同時に変化したことによるものだと診断している。同氏は、当時のドイツと現在の中国が、製造業において当時の英国・現在の米国を追い越し、資源の海外依存度が高く、覇権国による関税引き上げや輸出規制を自国経済の封じ込めを狙ったものとして受け取っている点が似ているとみている。覇権国もまた似たようなものだ。当時、英国は「大英帝国の衰退」に対する恐怖にとらわれており、雇用が減少するとともに移民と競争しなければならなかった自国民の不満が高まり、不必要なボーア戦争に莫大な資金を費やしていた。同氏は「米国は100年前の英国と同様に、不必要な戦争、不確実な戦略的優先順位、そして国内の社会的、経済的衰退によって自らのグローバルな地位を食いつぶした」、「その結果、世界は帝国主義戦争、不安定な同盟関係、失われた領土を回復しようとする大国、領土拡張主義が横行していた19世紀後半に徐々に似てきている」と述べている。自由貿易時代をけん引していた英国が20世紀初頭に関税導入に転じたことも、今日の米国と重なる。

 1930年代との類似性を強調する代表的な人物は、ヘッジファンド「ブリッジウォーター」創業者のレイ・ダリオだ。彼のあげる類似点は大きく4つある。1つ目、通貨・信用秩序。大恐慌直後のように、米国をはじめとする主要国は巨額の国家債務による財政危機に直面している。2つ目、富をめぐる対立とポピュリズム。1929年以降、ほぼすべての国で内部での分配をめぐる対立が起こり、ポピュリズム的、権威主義的、民族主義的な指導者が登場したが、現在も類似の極端化が進んでいる。3つ目、保護貿易への回帰。1930年の米国のスムート・ホーリー関税法をきっかけに各国は関税戦争に突入した。4つ目、ルールにもとづく秩序の解体。1933年のドイツと日本の脱退で国際連盟の崩壊がはじまったように、現在も国際機関は大国を抑え切れず、「力こそ正義」というジャングルの法則に回帰しているという診断だ。彼は通貨秩序、一部の国の国内政治秩序、地政学的世界秩序が同時に崩壊しつつあるとして、「私たちは『全面的な交戦の前段階』から『実際の交戦段階』へと移行する過渡期にあり、これはおおよそ1913~1914年と1938~1939年に相当する」と警告している。

■「冷戦後」か「大戦争の前夜」か

 一部の人々は第3次世界大戦の可能性を主張しているが、現実のものとなるかは誰にも分からない。だが、最悪のシナリオを想定して備えることこそ賢明な態度だ。アドルフ・ヒトラーが1933年にドイツの首相になった時、それが第2次大戦への第一歩になると予測した者はいなかった。しかし、彼は最初から領土拡大を夢見ており、軍備を増強しながら段階的に準備を進めていった。彼がどんな人物かに早く気づいていたなら、英国とフランスの対応は異なっていただろう。両国は1938年まで「まさか」と思いつつ融和策を講じ、戦争の準備を怠って、最終的にドイツに攻撃された。1930年代の初頭から中盤に生きていた人々にとって、未来はぼんやりとしたものだったが、「大戦争の前夜」に足を踏み入れたという視点からみると、あの時代に起こった出来事ははるかにはっきりしてくる。今も同じだ。現在を「冷戦後」とみるか、「大戦争の前夜」とみるかによって、世界をみる視点は完全に変わってくる。米中衝突の現実化を前提にすると、関税引き上げや保護貿易、経済戦争、軍備増強、領土拡張主義などのピースは、強度の違いこそあれ、合わせると第1次、第2次大戦の直前と似た絵ができあがってくる。

 ただし、構造的な矛盾が積み重なって爆発寸前になったとしても、戦争の引き金を引くのは結局のところ指導者の最終的な選択だ。英国オックスフォード大学のマーガレット・マクミラン教授は『第一次世界大戦ー平和に終止符を打った戦争』で、当時の指導者たちの優柔不断さと愚かさを批判する。同氏は「振り返ってみると、1914年の主要人物の中に戦争の圧力に立ち向かって勇気を振りしぼった偉大で想像力豊かな指導者がいなかったことは、欧州と世界の悲劇」だとして、「武力、イデオロギー、偏見、制度、紛争などは、いずれも明らかに重要な要素だ。しかし『よし、戦争だ』または『いや、中止せよ』と言わなければならなかった個々人を見逃すことはできない」と書いている。問題は、今日の主要国の指導者たちが1914年と1939年の直前の指導者たちよりもましな判断力を備えているとは考えがたいことだ。ドイツのヴィルヘルム2世は、短く激しい戦争によってバルカン半島の秩序を自国に有利に再編でき、それが国内の政治的立場も強めてくれると期待した。ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領やイランに侵攻した米国のトランプ大統領の計算も、大きな違いはないだろう。

■それでも戦争は指導者の最終選択

 最も危険な鎖の輪はプーチン大統領だ。彼は第1次大戦の引き金を引いたオーストリア・ハンガリー帝国を思い起こさせる。衰退する帝国の最後の狙いに独裁者の権力欲が重なっている。米中央情報局(CIA)のジョン・ラトクリフ長官が先月25日にモスクワを急きょ訪問したことが、決して普通に思えない理由はそこにある。ウォール・ストリート・ジャーナルは、彼の訪問目的はロシアがNATOを試す可能性、特にバルト三国を攻撃する可能性に対して警告することだったと報じている。

 カギとなるのは、信頼しうる抑止力を米国が維持し、他の大国の指導者の判断の誤りの余地をなくすことだ。ウェスタッド教授は「フォーリン・アフェアーズ」への寄稿で「1914年7月、欧州の諸大国が互いに動員令を下し合ったた後、戦争をほぼ確定的なものにしたのは、『英国は結局のところ仲間や同盟国を助けに来ないかもしれない』というドイツの軽率な期待だった」と指摘している。第2次大戦も同様だった。ヒトラーは、英国はポーランドを助けに来ないだろうと判断した。二度の世界大戦はいずれも、抑止の約束が曖昧になった瞬間にはじまった。トランプの衝動的で即興的なリーダーシップが危ういのはそのためだ。同盟国と敵を区別しない彼の取引的外交は、抑止の信頼性をむしばんでいる。同盟国に対する防衛公約が交渉の対象と認識された瞬間、相手は「米国はやって来ないだろう」という計算をはじめる。

 グレイ外相の回想のように、1914年の空は晴れわたっているように見えた。しかし、それは観測の失敗だった。今を「冷戦後の騒乱」と読み取るのか、「大戦争の前夜」と読み取るのか。後者のフレームでのみはっきりと見えるものがあり、備えることができるのはそれが見える者だけだ。

パク・ヒョン|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/1275790.html韓国語原文入力:2026-09-02 06:00
訳D.K

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