東欧諸国の社会主義体制が崩壊した1989年、ハンガリーの首都ブダペストに、「ロシア軍は家に帰れ」と叫んだ青年活動家がいた。オルバン・ビクトルという青年が率いるフィデス(青年民主同盟)は、ネクタイを締めず、代表も置かない「アンチ旧体制」を標ぼうした。やがてオルバン氏は果敢にも右派に転向し、民族主義とカトリックの価値観に訴えかけ、「保守・民族主義ポピュリズム」へと路線を転換した。既存の政権勢力の腐敗を突いて、斬新な選挙戦略を展開したオルバン氏は、1998年に35歳でハンガリー最年少の首相に就任した。
2002年の総選挙で敗北したオルバン氏は、「キリスト教民族主義」と新経済エリート階層を主軸とした「20年政権プラン」を策定し、世界金融危機の直後にあたる2010年に政権奪還に成功した。オルバン首相は2014年、「非自由主義国家体制」の建設を公言した後、国際極右運動の伝導師となった。2016年に米国でドナルド・トランプ氏が大統領に当選したことで、国際極右運動は波に乗った。オルバン首相は政権復帰後、欧州連合(EU)の自由主義と民主主義の規範に正面から挑み、難民・移民に反対し、司法府の独立と言論の自由を弱体化させる措置を相次いで断行した。これを批判するEUを「ハンガリーの内政に干渉する外部勢力」と呼んだ。これによりオルバン首相は、米国・欧州・ラテンアメリカの極右的ポピュリストたちにインスピレーションと資金を提供する存在としての地位を固めた。
特にオルバン首相は、トランプ大統領やロシアのウラジーミル・プーチン大統領と友好関係を結び、トランプ大統領のMAGA(米国を再び偉大に)運動の国際化の先頭に立ち、ロシアを側面支援した。
オルバン首相は政権復帰から16年たった今回の総選挙で、自身が1989年に叫んだ「家に帰れ」というシュプレヒコールを、今度は自ら浴びることになった。16年間続いた権威主義体制、深刻な経済難、側近の相次ぐ腐敗スキャンダル、親ロシア的動向などに対する市民の怒りが爆発したのだ。
J・D・バンス副大統領を派遣してオルバン首相の選挙を支援したトランプ大統領と、エネルギー支援を約束したプーチン大統領も、今回の選挙の敗者だと言える。トランプ大統領はこの6カ月間、オルバン首相を5回も公の場で支持し、ハンガリーへの経済的支援を約束した。プーチン大統領は、欧州における数少ない同盟国を失った。ハンガリーの独立メディアの報道によると、プーチン大統領はオルバン首相から対ロシア制裁に関するEU内部の議論を伝達されていた。フランスの極右政党「国民連合」(RN)のマリーヌ・ルペン前代表やスペインの極右政党「VOX」のサンティアゴ・アバスカル代表らにより構成される欧州議会の会派「欧州のための愛国者」も有力な友軍を失った。
早くもウクライナ戦争への影響が予想される。オルバン首相が阻止してきたウクライナに対するEUの900億ユーロ(約16兆9000億円)の支援が可能になる見通しとなった。欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は「今夜、欧州の心臓はハンガリーでさらに強く鼓動している」として、「一つの国が欧州の道を取り戻した。EUはさらに強くなるだろう」と述べた。
しかし、オルバン首相の側近だったマジャル・ペーテル氏による政党「ティサ」(尊重と自由)が、ハンガリーの変化を迅速に進められるかどうかは不透明だ。マジャル氏は腐敗清算などを掲げたが、進歩的な理念とは距離を置いている。米国企業研究所(AEI)のダリボル・ロハチ研究員はガーディアンに「今回の選挙のメッセージは明らかだ。オルバン(とトランプ)のイデオロギー・プロジェクトが、16年間の試験運用の末、政治・経済・社会的に失敗したということ」だとして、「オルバニズム」の敗北が西欧の他国で同様の路線を追求する勢力への警告になり得ると述べた。