「世界3位の巨大自動車企業の誕生」を予告した日本のホンダと日産自動車が、経営統合交渉の決裂を公式宣言した。超大型の地殻変動を予告していた経営統合計画が白紙化され、両社は電気自動車(EV)を中心に激化する自動車業界でそれぞれ生存戦略を新たに組まなければならなくなった。
ホンダの三部敏宏社長は13日午後5時の記者会見で、「ホンダと日産自動車の経営統合協議が結果的に合意に至らず、基本合意書を解約し、協議を打ち切ることを公式に決定した」と明らかにした。両社はこれに先立ち、それぞれ取締役会を開催し、交渉撤回を公式化した。昨年12月23日、「経営統合のための正式な協議を始めることで合意した」と明らかにしてから50日後の結果だ。
当初、両社は2026年夏前に新たに持株会社を設立し、両社が完全子会社に編入される案を議論してきた。両社の経営統合で、日本のトヨタ自動車(1123万台)、フォルクスワーゲン(923万台)に次ぐ世界3位の自動車企業が誕生すると期待された。2023年基準の年間自動車販売台数でホンダと日産自動車はそれぞれ398万台(世界7位)、337万台(8位)を占めている。現在の3位は現代自動車グループ(730万台)だ。「一つ屋根の下の二つの家族」となったら、年間売上30兆円、営業利益3兆円をあげる巨大企業になるとの見通しもあった。
だが、この日両社は打ち切りの決定に関して「変化する電気化時代の市場環境で、意思決定や経営の施策実行のスピードを優先するためには、経営統合の実行を見送ることが適切と判断した」としてその背景を説明した。協議のテーブルに再び戻るのは難しい状況とみられる。日産自動車が深刻な経営難で積極的に経営統合の協議に乗り出したにもかかわらず、いざとなると構造調整に消極的な態度を見せたことが原因を提供したという指摘が出ている。日本メディアの報道を総合すると、ホンダは日産自動車に「工場閉鎖」も含め果敢な構造調整と迅速な実行を要求したという。しかし、日産自動車が明確な答えを出さないまま時間が過ぎ、1月中旬頃に共同の持株会社を通じた経営統合を事実上諦めたものとみられる。代わりにホンダ側が最終案として日産に「子会社編入案」を提示したが、日産自動車が自尊心をかけて反発し、協議打ち切りにつながったという分析だ。日本の月刊誌「文藝春秋」は、「日産自動車は(子会社編入の提案後の)3日、役員級会議で『自力更生』を決議した」と伝えた。結局、内田社長が6日にホンダ本社を直接訪れ、経営統合の協議打ち切りの意思を伝えたという。ただし、ホンダの三部社長はこの日、「日産の構造調整計画をホンダが納得できなかったとか、株式交換比率が問題だったなどの報道は事実と異なる」と述べた。
両社の協議打ち切りで台湾企業フォックスコンの親会社である鴻海精密工業の動きも再び注目されている。共同通信は「日産自動車の経営参加を狙う鴻海精密工業の動きが活発になる可能性がある」と分析した。ホンダも打撃を避けられなくなった。朝日新聞は、ホンダも自動車事業の収益率が低く、中国での販売台数が急減するなど、生存のための課題が多いと指摘した。両社の経営統合の状況によって参加を検討してきた三菱自動車工業も協議への参加をあきらめた。