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[ニュース分析]「アベノミクス」を前面に立て「集団的自衛権行使」を残した

登録:2020-09-05 09:41 修正:2020-09-06 09:05
安倍首相の政治的遺産 
 
「明らかなレガシーはない」という評価にも 
選挙時は「アベノミクス」を強調 
選挙がない時は右派的な政策を推進 
 
「生涯の課業」の憲法改正はできなかったが 
安倍首相の在任中にさらに右傾化
先月28日、東京都の新宿で市民たちが大型電光掲示板に映った安倍晋三首相辞任発表の中継画面を見ている=東京/EPA・聯合ニュース

 先月、電撃的に辞任を発表した安倍晋三首相が残した政治的遺産は何だろうか。はっきりとした答えは思い浮かばない。安倍首相は日本の憲政史上最長在任の首相という記録を立てたが、歴代のほかの長期首相と比較すると、明らかな「レガシー」がないという評価を多く受けている。池田勇人首相の高度経済成長、佐藤栄作首相の沖縄返還、中曽根康弘首相の国鉄・日本電信電話公社・日本専売公社の民営化、小泉純一郎首相の日本郵政公社の民営化のように、日本人の頭に浮かぶ政治的遺産がないという指摘だ。安倍首相が「生涯の課業」とした憲法改正ができなかったのをはじめ、「戦後外交の総決算」として推進したロシアとの平和条約締結交渉や「政権の最優先課題」とした日本人拉致被害者問題解決にも成功しなかった。

第2次政権では緩急を調節

 2012年12月から始まった第2次安倍政権が7年8カ月間続いた秘訣は、安倍首相が好んだ右寄りの政治的結果づくりにしがみつかなかったことにあるのかもしれない。安倍首相は2006年に戦後最年少の52歳で首相に就任した後、教育基本法改正といった保守的政策に重点を置き、閣僚の暴言や政治スキャンダルまで重なり、第1次政権は1年という短期で終わった。安倍首相は2007年9月10日、国会の所信表明演説で「職務を完遂する」と述べたが、その2日後の9月12日に突然辞任を発表し「政権を投げ出した」と非難された。当時は政治生命が終わったのではないかという話まで出ていた。

 2012年12月に再び首相になってからは、政権運営の緩急を調節した。第2次政権初期に大規模な金融緩和を骨子とする「アベノミクス」を推進し、日本人の実生活と直結する経済政策に集中した。日本の有効求人倍率(求職者1人当たりの雇用者数)は、政権初期の2013年4月の0.88から、後期の2018年3月には1.59へと急上昇した。アベノミクスについて、実質的な所得増加がなく景気回復を実感できないという批判も絶えなかったが、就職市場の追い風は若者たちの安倍政権支持につながったという分析が多かった。

昨年7月20日夕方、東京都の秋葉原駅で開かれた自民党参議院選挙の演説現場で、ある市民が安倍晋三首相第1次政権時の2007年、辞任当時のニュースを伝えた新聞記事をスクラップしたカードを持っている=ハンギョレ資料写真//ハンギョレ新聞社

 今年上半期まで日本特派員を務め、自民党の選挙演説を見ていたところ、憲法改正のようなイデオロギー的政策に対する訴えが予想より少ないと感じたことが多かった。昨年7月20日、参議院選挙投票前日に、東京都の秋葉原の選挙演説に行った時のことだ。マイクを握った安倍首相は、政権期間中の経済的成果について主に語り、憲法改正の意欲は途中でしばし言及する程度だった。2017年の衆議院総選挙の最後の演説の時よりも発言の量が増えた。当時、安倍首相が「口では何とでも言える。われわれは実行してきた」と、旧民主党政権を批判して声高に叫んだ場面が印象的だった。

 昨年7月15日、東京都の銀座で行われた参院選演説でマイクを握った当時の自民党選挙対策本部長だった甘利明氏は「皆さんインターネット(検索)はグーグルで、ショッピングはアマゾンでするでしょう。最近は『メイドインジャパン』がほとんどないんです。米国、中国、韓国製が多いです」と言い、良き時代の日本の郷愁を刺激する内容で演説した。日本の有権者の主な関心とは距離がある憲法改正については言及しなかった。安倍政権は2012年末の再就任後、選挙がない時は憲法改正といった理念的性向が濃い政策を推進したが、選挙の時は日本の有権者の主な関心事である経済政策の宣伝に集中するパターンを見せた。東京大学大学院総合文化研究科の内山融教授(日本政治・比較政治)は昨年末、ハンギョレのインタビューで「安倍政権は消費税率引き上げや(集団的自衛権行使のための)安保法制制定・改定のような(人気がない)政策は、選挙がない時に推進した」とし「安倍政権は争点の扱い方に非常にたけている。国民の反発を買うような政策は選挙の際には打ち出さない」と述べた。

 安倍首相は先月28日に辞任を発表し、「憲法改正の意志を果たせず(首相)職を離れることになり、断腸の思い」と述べ、無念さを吐露した。しかし、安倍首相は日本政治の座標軸をさらに右に移すことに成功した。上智大学国際教養学部の中野晃一教授(比較政治)は『右傾化する日本政治』という本で、現代の日本の政治を軸にぶら下がった振り子に例えて説明した。軸自体が右のほうに移動すれば、軸にぶら下がった振り子は左右に揺れても結局元の位置よりも右に移動する。日本の現代の政治は、軸そのものが数十年間右に移動してきたため、現在の保守は過去の保守より右傾化する傾向が起きるという説明だ。中野教授が特に注目する時期は1997年だ。1995年の村山談話発表、そして1996年に1997年度から使用するすべての中学校教科書に「慰安婦」問題が記述されるという事実が報道されたことをきっかけに、1997年に「新しい歴史教科書をつくる会」が発足するなど、“バックラッシュ”が本格的に始まったと診断する。

 1993年に初めて国会議員に当選した安倍首相は、バックラッシュの若手の旗手として成長した。安倍首相は第2次政権時、日本軍慰安婦動員の強制性を認めた河野談話を検証するとし、事実上、河野談話を「骨抜き」にし、2014年には集団的自衛権行使の憲法解釈の変更、2015年には集団的自衛権行使のための安保法制制定・改定が行われた。憲法を変えることはできなかったが、自衛隊の活動範囲の拡大に向けた法的基盤の構築は終えた。これは、対中国牽制のためにアジアで自衛隊の役割の拡大を望む米国の支持を受けた。これを背景に、バラク・オバマ元米大統領が2016年5月、被爆地域である広島を米大統領としては初めて訪問し、同年12月には安倍首相が現職の日本首相としては初めてハワイの真珠湾を訪問した。日本の古参ジャーナリストの田原総一朗氏は最近、週刊誌『AERA』とのインタビューで、「(安倍首相の)第1のレガシーは安保法制の改定だ」と語った。田原氏は、日米安保条約で日本が米国ともっと対等な立場に立つべきであり、在日米軍地位協定も改正すべきだという趣旨でこうした発言をしたことから、安保法制制定・改正がどれほど大きな事件だったかをうかがうことができる。

自民党の支持率は依然として圧倒的

 日本に特派員として滞在した3年3カ月間、各種の集会で「安倍首相は辞任せよ」「今すぐ辞めろ」といったスローガンをよく耳にしたが、安倍首相が辞任する可能性が高いと考えたことはなかった。安倍内閣の支持率は、日本政府が安倍首相側に近いとされる私学法人に恩恵を与えたという疑惑の「森友・加計学園スキャンダル」で2017年と2018年に急落したことはあるが、時間が経てば回復したからだ。

 強力だった安倍首相も、急速な健康悪化と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡散による政治的打撃で退場の道を歩んだ。しかし、彼が首相を辞任しても、すでに軸が右にかなり移動した日本の政治が再び左に移動するのは難しいだろう。先月12日に発表されたNHK世論調査では、安倍内閣の支持率は34%であり、2012年の第2次政権発足後、同放送局の世論調査基準で最低だった。一方、政党支持率を見ると自民党支持率が35.5%であるのに対して、第一野党の立憲民主党支持率は4.2%にとどまった。自民党以外に代案を見つけられないという雰囲気はまだ根強い。

チョ・ギウォン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/international/japan/960876.html?_fr=mt2韓国語原文入力: 訳C.M

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