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ノーベル医学賞共同受賞者のトウ・ヨウヨウ氏と大村智氏の特異な履歴

登録:2015-10-07 00:27 修正:2015-10-07 06:55
中日がそろって「ノーベル生理医学賞」輩出
 中国人初のトウ・ヨウヨウ、スペックなしで快挙
 スキー選手・教師経歴“晩学の学者”大村智
ノーベル生理医学賞を受賞したトウ・ヨウヨウ氏(左)と大村智氏 //ハンギョレ新聞社

 中国人として初めてノーベル生理医学賞を受賞したトウ・ヨウヨウ中国伝統医学研究院教授(85)が、1600年前の古代中国医学書からマラリア治療剤開発というひらめきを得ていたことが分かり関心を集めている。

 トウ・ヨウヨウ氏は東晋時代(317~420年)当時の医家であった葛洪の『肘後備急方』という本から「クソニンジンがマラリア治療に利く」という一節を発見した。 彼女はここからインスピレーションを得て研究し、1971年にマラリア治療剤アルテミシニンを開発した。 葛洪は道教学者であり名医として『神仙伝』など道教、医薬関連書籍を執筆した。 新京報は「彼女が世界で初めて狂犬病を発見した」と報道した。

 トウ・ヨウヨウ氏は「マラリア治療薬を発明せよ」という毛沢東と周恩来からの命令を受けた軍部の支援の下、新薬開発に乗り出した。中国政府は当時、北ベトナム政府からマラリア治療剤を開発してほしいという要請を受けていた。 彼女は新薬発明までに2千種余りの植物で380回にわたる試行錯誤をした。 しかし、トウ・ヨウヨウ氏は失敗に屈せず飽くなき挑戦の末に治療剤の開発に成功した。 彼女と一緒に仕事をした以前の同僚は「トウ・ヨウヨウは普段は気さくで合理的だが、仕事をする時には苛酷なほど几帳面だ」と話した。 85歳になってからノーベル賞を受賞した彼女は71歳で博士課程指導教授になる大器晩成型の人生経歴を経た。 新京報は「文化大革命期間(1966~1976年)の波風のせいで科学刊行物の発刊が停止されるなどの混乱で彼女の研究成果が正当に評価されなかった上に、攻撃を受けることさえあった」と報じた。トウ・ヨウヨウ氏の知人たちは「トウ・ヨウヨウは85歳の高齢なのに、自身の研究室で研究にまい進している」と伝えた。 トウ・ヨウヨウ氏はノーベル賞受賞の報を聞いて「ちょっと意外に感じたが特別な感想はない」と話した。

 中国国内では、院士(中国科学界の最高権威者に与えられる名誉呼称)ではない“無冠”のトウ・ヨウヨウ氏がノーベル賞を受賞したことについて院士制度に帯する論議にも火がついた。トウ・ヨウヨウ氏は数回にわたり院士選挙で落ちた。人民網は「研究貢献は多いが社交下手な人は院士に落選し、金と権力が多く研究成果の偽造疑惑がある人は順調に当選したりもする。そのことが社会にどんな教訓を与えるだろうか」と批判した。だがチャイナディリーは「85歳で遅れて光を浴びたトウ・ヨウヨウのように、今後中国で遅れて照明を浴びるノーベル賞受賞者が出てくるだろう。これは中国科学界全体の快挙だ」として盛り上がったムードを伝えた。

 ノーベル生理医学賞の共同受賞者である日本の大村智・北里大学特別名誉教授(80)は夜間高校の教師として仕事をして、再び研究を始めた履歴を持つ。 彼は日本で必ずしも一流大学とは言われない山梨大学を卒業し、東京都立墨田工業高校の定時制で生徒たちを5年間教えたことがある。大村教授は当時、昼には仕事をして夜に勉強する生徒たちの姿を見て「私ももっと熱心に生きなければならない」と決心し、1960年に東京理科大の大学院修士課程に入学し再び研究者の道に入った。高校時代はスキーに夢中になりクロスカントリーの選手として二度国体に出場した経験もある。

 大村教授は独創性を研究の座右の銘とした。 彼は1974年に静岡県伊東市のゴルフ場の土から発見した微生物を基に熱帯地方の風土病である河川盲目症の決定的治療物質であるイベルメクチンという抗生剤を作り出した。この薬は毎年、熱帯地域に住む2~3億人の人々が使っている。 彼は他の人がしないことをしたので「失敗することが多かった。仕事がうまくいかず苦しい時もあったが、またある時は本当に驚くほどの進展を見る時もある」と話した。大村教授は6日午前、すでに故人になった夫人の写真を持って12月の授賞式に参加したいと語った。

北京、東京/ソン・ヨンチョル、キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/economy/economy_general/711644.html 韓国語原文入力:2015-10-06 17:42
訳J.S(1883字)