反緊縮・救済金融再交渉の公約と
40年間の2大政党体制に対する嫌気が
“変化”への熱望に火をつけたが、
底辺の“草の根民衆連帯”の力が
新生政党の政権獲得を引き出した
先月25日の夕方、ギリシャの首都アテネ近くのケラチーニ港。 エーゲ海のさざ波の上に夕日が輝いた。 同日行なわれたギリシャ総選挙の投票がいま締め切られたところだった。 26歳の青年スピロス・ラファナキスは、ひどい不況で廃業した現代自動車代理店のシャッターに疲れた体をもたせかけ、口笛で低く「インタナショナルの歌」を吹いた。 シリザ(急進左派連合)の候補として出馬した彼は、その日も一日中、選挙区を歩き回った。 同日夜、シリザ(SYRIZA)は予想を上回る圧勝を収めた。 ラファナキスは、シリザの機関紙『暁』の記者からギリシャの国会議員に身分が変わった。 彼は英国の日刊紙ガーディアンに「ギリシャ国民が書いた歴史の一部になれて嬉しい」と言い、「私たち(シリザ)には守らなければならない重大な義務がある」と語った。
変わったのはラファナキスの身分だけではない。 ギリシャの政権党が保守右派の新民主党から急進左派シリザに変わった。 2400億ユーロという膨大な救済金融負債と厳しい緊縮にさいなまれてきたギリシャ国民の表情にも、変化への期待感がうかがわれた。 シリザは300議席のほぼ半分である149議席を獲得した。 大多数が20~40代の新世代の議員たちだ。 「欧州で最も危険な男」と呼ばれたアレクシス・ツィプラス首相(40・下の写真)は、連立政府を構成するや、欧州連合との救済金融再交渉のための素早い動きを見せた。 1930年代以降、欧州に初めて登場した急進左派政権が、ユーロ圏(ユーロ通貨の流通する19カ国)を揺るがしている。 わずか数カ月前までは想像もできなかったことだ。
フードバンクなど庶民福祉の先頭に立ち
連帯キャンペーンを通して市民運動と結合
弱者の声を直接聞いて代案作り
70代のおばあさんも7歳の孫も異口同音に
「彼らは貧しい人のことを語ります」
シリザは2004年、汎左派選挙連合として出発し、2012年にようやく党員制の政党に衣替えした新生政党だ。 一方、ギリシャの政治は1974年の軍部独裁時代が終わってから最近までずっと、保守右派の新民主党と中道左派の社会党(PASOK・パソク)が交互に政権を取ってきた。 シリザはどうやって、10年あまりの短い期間に、40年間強固だった両党体制を破綻させることができたのだろうか。
最も決定的な理由は、悲惨な耐乏政策に対する無力感、政界の無能と腐敗にうんざりしていた国民が“変化”を切望したためだ。 しかし、既存の体制と緊縮に対する拒否感が、そのまま少数野党の支持率と得票力につながるわけではない。 シリザが発足直後の2004年の総選挙で得た得票率は3.3%に過ぎなかった。 ツィプラスが公言してきた「救済金融再交渉」と「国家負債の帳消し」も意味は明確だったが実現可能性は不透明だった。
シリザの潜在力は徹底的に底辺から固めてきた“草の根民衆連帯”だった。 シリザはこの10年間、持続的に農民・労働者たちを直接訪ね歩き、彼らの声を聞いた。 貧しい彼らに実質的な支援を行い、合理的な代案を提示した。2大政党体制で少数の左派政党が被る不利を勤勉と献身性で克服した。英国の準公営放送『チャンネル4』のポール・メイソン経済部門エディターは「若さ、真実性、日常性」の3つをシリザの核心的資質に挙げた。 メイソンはガーディアンへの寄稿で、「今回の総選挙で、シリザの候補者たちは若くて洗練されたルックスと行動で、保守政党の壮年層候補者たちと対比された」と伝えた。 彼はギリシャ総選挙直前の22日間、ギリシャのドキュメンタリー作家とともにシリザを集中的に取材した『ギリシャ:緊縮の終わり?』というドキュメンタリーを共同制作し、現在放映を控えている。
ドキュメンタリー制作チームは、シリザがフードバンクに列を成している市民たちに新しい希望を伝え、農民たちを説得して食べ物を確保する姿を見守った。 港湾労組ではシリザ候補が、中国企業に所有権が売却される危機に置かれた港湾施設の現実を糾弾して、古い理論に縛られている共産党のライバル候補を圧倒するのを目撃した。 シリザは、腐敗した政治エリート集団に対抗して、若く洗練された代案を提示した。
ギリシャ中南部の都市であるコリントスは、新民主党と社会党の“(政治的)砦”と呼ばれるほど、少数政党が入り込みにくいところだった。 2008年の経済危機と2010年の救済金融以後、この地域ではブドウ農場とレモン農場の3分の2が銀行に抵当として取られた。 農民たちは借金を返すために借金をしなければならなかった。 銀行は容赦なく担保の土地を差し押さえた。 農民たちの自殺は急増した。
56歳のブドウ農民ヤニス・チョクカスはドキュメンタリー制作チームに「(前の)政府は私たちを国際通貨基金(IMF)の救済金融の協約(福祉削減と構造調整)に追い込んだ。 私たちがしたことといったら、右派政府におとなしく従ったことだけだ」と嘆いた。 「自殺のニュースが絶えなかった。 それで私たちを守ってくれる誰かを左派陣営から探し出そうとして、シリザに守護者を見出した」。
今回の総選挙でシリザ議員に当選したテオパニス・クレムベスは「村が赤い色(シリザの旗の色)に変わった」という言葉が、単なる修辞ではないと主張した。 「私たちは現場に出かけて行って人々を助けました。 彼らが何かを言えば彼らの言葉に耳を傾けました。 彼らが助けを求める時には私たちがいました。 私たちが現場を訪ね歩いた時、パソク(社会党)や新民主党の人々を見たことがありません」。 ある農夫はドキュメンタリー制作チームに「あなたたちマスコミの人は(総選挙後になって)私たちにインタビューしに来るけれども、シリザは終始一貫そうしてきた唯一の政党だ」と話した。 「彼らがやってきて言葉をかけたんです。 もし我々が主流政党と対話することを望んだとして、主流政党の彼らと会うことなどできたと思いますか?」
シリザは2013年春から連帯クラブという庶民福祉支援プログラムを運営している。 当初、栄養不足状態の就学児童を救護するフードバンク事業として始まったこのプログラムは、急速にギリシャ全域に拡大された。 ところで、その方式が独特だ。 必要な食べ物は“施し”ではなく“分かち合い”によりまかなう。 シリザ党は農夫たちに丁重だが確信に満ちた態度で「貧しい人々のために一袋のジャガイモを分け合うのは社会的義務です」と説得した。 フードバンク担当者はドキュメンタリー制作チームに「これは(持てる者が施す)“慈善”とは反対のものだ」と話した。「私達は一つの地域で120世帯を支援していますが、最も多く行なうことは疎外、精神健康、羞恥心(などの癒し)に関するものです」。
連帯クラブは、数ヵ月前からは庶民のための医薬品支援に焦点を合わせている。 ギリシャは現在、全人口の30%が国民医療保険の適用を受けられずにいる。 ボランティアの一人は「あまりにも多くの人が、お金がなくて医者に行けず、医療保健システムにアクセスできないのは大きな問題だ」と話した。 シリザは、食べ物を求めてごみ箱をあさり、体の具合が悪くても唇をかみしめて悲しみをこらえてきた没落中産階級に人間の尊厳を取り戻させようとする唯一の集団だった。
ポール・メイソンは「絶望に陥った人たちと小さな部屋に一緒に座って彼らが自殺(の危機)から抜け出すよう対話すること以上に“微細な政治”はない」として、「そうすることによって簡単には崩れない(シリザに対する)信頼が構築された」と評価した。 生涯保守政党を支持してきたというアテネ市民マリア(78)は、今回の総選挙で生まれて初めて左派政党のシリザに投票した。「今まで私たちを統治してきたどの政党にも信頼感は残っていません。 でも、少なくともシリザは違って見えるんです」。 おばあさんは「7歳の孫も自分の母親に『母さん、ツィプラスに投票してよ。あの人は貧しい人たちについて話してるよ』と言っていた」と付け加えた。
シリザの草の根運動は、ギリシャの市民運動活動家たちが組織した「ギリシャ連帯キャンペーン」の活動ともうまくかみ合った。 2012年の総選挙で当選したシリザ議員71人全員が、毎月、給料の20%をこの組織の「みんなのための連帯」運動の基金として出し始めた。 左派政党と市民運動が密接に結合した新しい連帯モデルは、債権団がギリシャに強要した“過度な緊縮”で壊れた福祉システムに代わって急速に広がりつつある。 市民は、法律諮問、保健医療、無料給食、教育支援、生鮮食品の直取引仲介など日常生活に実質的な支援を受けている。
しかし既得権層と保守マスコミは、徹底的にシリザを無視し牽制した。 メイソンは「ギリシャのすべての民営放送と大半の新聞社がシリザに敵対的だったし、右派陣営は、シリザが支持率世論調査で遅れを取ることを願っていた」と伝えた。 現在、英語版サービスのある幾つかのギリシャのマスコミのウェブサイトを見れば、ツィプラス政府の“反緊縮”交渉が最大の関心事だ。 緊縮反対、不況脱出の声が断然大勢を占めている。 しかし、過去のシリザの“連帯運動”に関する報道は検索してもなかなか出てこない。
ギリシャのニュース・ポータル通信社グリーク・リポーターは先週「総選挙で“イエスマン”政府が退き、ギリシャは再び“ノー”と言える機会を持つことになり、それは私たちが切実に望んできたことだ」と報道した。 しかし、同メディアは「これでアンゲラ・メルケル ドイツ首相がギリシャの指導者(ツィプラス首相)の無礼さに報復できるようになった」と憂慮した。ギリシャの負債の負担を抱え込みたくないというドイツ国民の不満を意識せねばならず、また、ギリシャと“反緊縮連帯”をしようとしている他の債務国に対しても牽制のための見せしめが必要だからだ。
ギリシャに対する債権団の“報復”手段については、二つの予想が可能だ。 ドイツが欧州中央銀行を圧迫してギリシャ銀行に対する緊急流動性支援を遮断すること、そして、2016年9月まで続く1兆1000億ユーロ規模の「ユーロ貨量的緩和プログラム」からギリシャを排除する方法だ。 どちらもギリシャは経済再生に打撃を受けざるを得ない。
シリザは少数野党時代、低辺に深く入り込んで民心をとらえた。 いまやギリシャに責任を負うことになったシリザ政府は、厳格な債権国ドイツと欧州連合を説得できるだろうか。
ツィプラス首相は4日、欧州連合の債権団と会って「お互いに受け入れることができ、かつ実行可能な負債償還合意」を重ねて促した。 これに先立って先月末、シリザ政府は内閣の構成に当たり「透明省」(Ministry for Transparency)を長官級の独立省庁として新設した。 英国のフィナンシャル・タイムズは「これは救済金融債権団がギリシャ経済回復の大きな障害物として指摘してきた租税回避や腐敗を根絶するというメッセージを送るもの」と解釈した。
ギリシャは現在、フランス、スペイン、イタリアなどユーロ圏のいくつかの加盟国から救済金融再交渉を支持するという約束を受けた。 最近バラク・オバマ米大統領もCNN放送とのインタビューで、「不況のど真ん中にある国を引き続き圧迫ばかりしてはならない」と加勢した。
まだ今のところドイツは、ギリシャの切迫した要求と周辺国のそれとない圧迫に何の反応も見せていない。 ギリシャとユーロ圏の運命をかけたゲームが今まさに始まろうとしている。