本文に移動
全体  > 文化

「第二人者」が話すアサンジの実体

原文入力:2011-02-18 午後08:18:58(1303字)
初期メンバー ドムシャイト‐ベルク
暴露・決別過程などを批判的に紹介
ハン・スンドン記者

ウィキリークス-ついに現れる危険な真実

ダニエル・ドムシャイト‐ベルク著作/ペ・ミョンジャ訳
知識ギャラリー/1万3800ウォン

一時期、ウィキリークスの第二人者とも呼ばれた草創期の中心メンバーであるダニエル・ドムシャイト‐ベルクが、ジュリアン・アサンジと決別した後に書いた本。アサンジとウィキリークスをよく知っている批判者の視線で見た、いまだによく知られていないウィキリークスの本音と実体。元々、アメリカ情報技術(IT)大企業のエレクトロニック・データ・システム(EDS)ドイツ支社で、セキュリティー専門家・プログラマーとして勤めていた彼は、2007年、アサンジと意気投合して、以後3年間、ウィキリークスの土台を構築して行く。世の中を揺るがした秘密文書の入手と事実確認、暴露過程と情報提供者(情報部員)の身辺保護方法などが、具体的なエピソードと共に興味深く紹介されている。

同時に、彼らがなぜ別れることになるのか、2人の見解の違いと決別過程をよく見ることも興味深い。ドムシャイト‐ベルクはアサンジを、「このように極端な人は今まで見たことがない」とした。「彼は極端に自由な思考を持っている。極端にエネルギーがあふれている。極端に天才的だ。極端に権力に囚われている。極端に偏狭性だ。極端に誇大妄想だ」 ドムシャイト‐ベルクは、アサンジとの決別の後、ウィキリークスで活動した日々を、自身の生涯で最もやりがいがあったと肯定的に眺めており、アサンジに対しても非難一辺倒ではない。機密文書暴露を理由で彼をスパイ法違反で処罰したり米国で送還することにも、きっぱりと反対する。

一連の大型暴露作業を通じてウィキリークスの地位が飛躍的に高まり、アサンジの存在感も高まるが、その過程でドムシャイト‐ベルクはアサンジが「独裁者で、常にすべての決定を1人で下し、出てきてた情報を共有しない」と、しばしば批判することになる。数学に長けていたハッカー出身のアサンジは優れた頭脳を持っていたが、対人関係は円滑でなく組織を自身のアイディア通りに自己中心的に引っ張っていこうとする意志が強かった。ウィキリークスの運営戦略についても2人は衝突した。ドムシャイト‐ベルクはアサンジが大型暴露のみに没頭し、他の多くの小さなプロジェクトを疎かにすることを快く思わなかったし、権力とも正面衝突を避けて、効率的に対応しようという側だった。彼は、アサンジ1人体制での権力集中が招いた弊害、メディアスターとしての身の振り方、財政運用上の不透明性などを特に問題視した。彼は、ウィキリクースの弱点だと考えるそのような点などを補った新しい暴露インターネットサイト「オープンリークス」開設を準備している。

ハン・スンドン先任記者

原文: https://www.hani.co.kr/arti/culture/book/464164.html 訳M.S