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牛豚を「肉」としてのみ見る理由

原文入力:2011-02-18 午後07:44:44(838字)

チョ・キウォン記者

私たちはなぜ、犬は愛して、豚は食べて、牛は履くのか
[原題:Why We Love Dogs, Eat Pigs, and Wear Cows: An Introduction to Carnism…訳者注]

『私たちはなぜ、犬は愛して、豚は食べて、牛は履くのか』を書いたメラニー・ジョイ アメリカ・マサチューセッツ大学教授は、毎年、学生たちに犬と豚に対する考えを尋ねる授業を行う。学生たちの返事はほぼ同じだ。犬は可愛く親しみやすいが、豚は汚く まぬけだという反応が返ってくる。著者はこういう偏見が誤っていることを指摘し、学生たちに「なぜ私たちは、豚は食べて、犬は食べないのだろうか」という質問を投げかけると、学生たちは「食べるために豚を育てる。理由は考えたことがない」と答える。

著者は、牛や豚を当たり前のように肉として消費できるという考えの背景には、肉食主義が隠されていると語る。菜食主義のように肉食主義も確固たるイデオロギーだが、肉食主義は菜食主義とは異なり現実を見ることも聞くこともない不正を通じて支えられていると主張する。著者はこれを肉食主義の非可視的特性 と命名する。現実には、豚は生まれて2~3週後から汚い小屋に詰め込まれ、6ヶ月後には処分場へ向かう。豚は処分場のコンベヤーベルトで時には生きたまま四肢が切断されバラバラになり苦痛のために悲鳴を張り上げる。

著者が韓国での犬肉の消費について書いた部分は同意し難い。著者は「啓蒙された西洋では犬と猫が当然受けるべき待遇を与えているという事実を知っているが、後進的な社会ではそれを見習おうとはしない」とした。著者の論理どおりならば、牛肉や豚肉、犬肉の消費の全てが同じく誤った肉食主義ではないのか? ノ・スンオク翻訳/モーメント 1万2000ウォン。

チョ・キウォン記者 garden@hani.co.kr

原文: https://www.hani.co.kr/arti/culture/book/464146.html 訳M.S