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弱者を犠牲にして「男になる」…少数の“情けない者”の逸脱行為なのか【レビュー】

登録:2025-07-24 08:45 修正:2025-07-24 10:18
ディープフェイク、DV、凶器乱用、暴動… 
「暴走する男性性」のレンズを通して診断・再解釈 
「青年男性極右、有意な多数への転換が間近」
2023年8月、ソウル市冠岳区の公園の登山路で強姦未遂殺人事件が発生した。写真は被害者を追悼して国の責任放棄に抗議するために市民が事件発生現場の近くを歩いている様子=キム・ジョンヒョ記者//ハンギョレ新聞社

 一部の問題を全体に還元してはならない。これまでの韓国社会は、この論理で男性性の問題を無視したり過小評価したりしてきた。1月の西部地裁暴動事件の加担者の半数以上が20代から30代の男性であることが明らかになったときも、ディープフェイク作成のためのテレグラムのチャットルームで22万人が活動しているという報道がなされたときも、二日に1人の割合で夫や恋人に女性が殺害されるという統計(韓国女性の電話、2024)が発表されたときも。それは、きわめて一部の「情けないおかしな人」が繰り広げる「狂気の行為」にすぎず、「善良な」男性にまで暴力の疑惑をかけてはならないという呼び掛け(のような脅迫)を一部受け入れ、男性性を糾明して診断することには過度なまでに慎重だった。

 このようなアプローチはもはや有効ではないというのが、『暴走する男性性』の著者たちの共通した認識だ。男性性の中核に位置する暴力との友好(親和)性は、すでに沸点を超えはじめ、男性性が社会全体に与える有害性も同様に臨界値に達したという診断だ。一部の人は『暴走する男性性』という書名は「度を越している」として拒否感を感じるかもしれないが、本当に度を越しているのは男性性であり、それが促進させている社会病理的現象だというのが、この本を企画した韓国性暴力相談所と著者8人(チュ・ジヒョン、キム・ヒョジョン、イ・ハン、ユ・ホジョン、ファン・ユナ、イ・ウチャン、イ・リエ、クォン・キム・ヒョニョン)の問題意識にあらわれている。

 まずは「男性性」についての概念から。男性性は「生物学的な男性にのみ内在する有害な特性」を指すのではない。「女性性を軽視して構成される非対称的な概念」であり、「単一ではなく、つねに複数のかたちで存在する」。男性性は、男性が生まれつき持つ特定の気質や指向を指すのではなく、男性が男性の同性文化に組み込まれるために選択して実践・遂行する一連の行為の傾向性に近い。重要な点は、男性性が(女性ではなく)男性との関係で通用したり推奨されたりする相互作用の方式であるということだ。そのため男性性は、オンラインコミュニティの「自虐バトル」から西部地裁暴動まで、多種多様な様態を示す。ただし、その基底には、共通して強力なアンチ・フェミニズム感情が流れている。

 この本の著者8人は、それぞれの分野で暴走する男性性の兆候を読み解く。ソウル大学社会学科のチュ・ジヒョン副教授は、2023年夏に10日ほどの間隔で発生した新林洞(シルリムドン)と盆唐(プンダン)の書峴駅での凶器振り回し事件と、冠岳山(クァナクサン)での女性暴行未遂殺人事件を、加害者の観点で分析する。2つの凶器振り回し事件の被害者には男性も含まれているため、捜査機関もメディアもこの事件をジェンダーの観点で問うことができなかった。

 チュ教授は、加害者が犯した暴力の背景には「男性としての意味を取得する実践」の意味があることを指摘する。「(加害者は)男性の同性社会を準拠集団として、容姿、経済力、軍服務経験、女性に対する性的支配力を基準に、自身の地位を判断」し、「自身の周辺的な地位に対する怒りを、その原因になった社会の不正義や抑圧に対する抵抗ではなく(…)暴力を正当化する資源として活用した。(…)つまり、彼らの暴力行使の背景になった生涯の過程には、社会的関係で男性としての意味を獲得する実践、すなわち男性性が存在している」。簡単に言うと、男性集団のなかで自身の周辺的な立場から来る劣等感を、「大胆な」暴力を通じて反転させようとしたということだ。「暴力は加害者が自ら危険を甘受してタブーを破ったことを誇示できる手段になる」。暴力が女性だけに向かわなかったからといって、ジェンダーレスの行為では決してないということだ。

 チュ教授は英国の社会学者リーズ・ケリーが主張した「暴力の連続線(continuums)」という概念を、特に加害者の観点で適用すべきだとも強調している。一見すると異質にみえる様々な暴力が、相互に「脈絡を形成する」ということを理解してこそ、ジェンダーに基づく暴力に適切に対処できるという説明だ。前述の事件の直後、男性中心のオンラインコミュニティでは、「みんな幸せそうだから…刃物を持って行く」という加害者の発言がミーム(meme)になり、この事件を模倣した殺人予告も数件掲載された。著者は「(このような形態は)暴力と直接の因果関係があるとは考えにくい」が、「暴力に友好的な脈絡を形成する」と主張した。あわせて、「『殺人予告』やインセル(incel)をアイデンティティとして女性と性的マイノリティに対する暴力行使を扇動してきたオンラインコミュニティは、いまや単なる個人の集合ではなく、男性としての暴力行使をあおり正当化する体系的な空間として機能している」と指摘した。

『暴走する男性性』企画:韓国性暴行相談所、クォン・キム・ヒョニョン他7人著|ドンニョク刊|1万9500ウォン//ハンギョレ新聞社

 このような認識は、「男性と共にするフェミニズム」の活動家のイ・ハン氏の文章でも共通してうかがえる。イ氏は、韓国の男性たちが相当数加担したディープフェイク性搾取(特に「知人凌辱」)問題の原因を、「性的欲求」ではなく「自身の周辺の女性を供え物(犠牲)とみなし、『男になること』を遂行するもの」であり、「自身が男になることを他の男性たちから承認されようとして行った暴力」とみなすべきだと考えている。これまで繰り返されてきた厳罰主義ではなく、暴力を通じて結束し、暴力を再生産する男性性全体に視野を広げるべきだと著者が説得する理由だ。「性搾取者には極刑を科すという線引きだけでは不十分だ」

 韓国放送通信大学文化教養学科のイ・ウチャン助教授は、男性性の根幹をなすアンチ・フェミニズムの韓国的な特異点を詳しく分析する。「異性愛的関係と家族観を当然の前提にしているという事実とは別に、伝統的な家父長の責務を負担に感じ、わいせつ物(性搾取物)の検閲政策に憤慨する様子からも窺えるように、保守的な性倫理を継承しているわけでもない」。オンラインコミュニティで共有される彼らの世界観は、「(自分は)フェミニズムおよびそれと結託した政治家の性平等政策が生んだ逆差別の犠牲者」だ。フェミニズムの犠牲者として自らをアイデンティティ化する彼らに、どのようにしてフェミニズムに基づくオルタナティブな男性モデルを提示するかが課題として残っている。

 女性現実研究所のクォン・キム・ヒョニョン所長は「極右」の概念を明確にしつつ、内乱事態を経て急進展した韓国の青年男性の極右化が示唆する点を指摘する。「極右とは、一貫性のある政治的立場ではなく、他者を敵として扱い、内集団の同質性を高める政治的戦略にすぎない。(…)他者に対する『敵対』それ自体が立場だ」。そして、意味深長な数値を紹介する。「20~30代の男性の29%が『行き過ぎたフェミニズムを止めるためなら、法規則を破ることや武力を使用することが正当化されうる』と答えた」(時事In・韓国リサーチ「2025年有権者認識世論調査」)。決して「一部」とは言えない割合の男性が、フェミニズムに対する敵対感情をもとに暴走する準備を終えたことを示す指標だ。今、私たちは危ういラインの前に立っている。

チェ・ユナ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/book/1208645.html韓国語原文入力:2025-07-18 08:17
訳M.S

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