本文に移動
全体  > 文化

あの朝、私はなぜ1万ウォンの札束の前に立っていたのか――韓国の教育現場から

登録:2023-11-08 06:53 修正:2023-11-08 08:37
[ハンギョレ共同企画:悲しき競争、痛みの教室] 
チョン・アウン
イラストレーション=ユ・アヨン//ハンギョレ新聞社

 <大韓民国の教育が病んでいます。修学能力試験からの「キラー問題(公教育の課程では教わらない高難度の問題)排除」論争は、現行の入試制度をめぐる各種の問題点が改めて公論化する契機となりました。ソウル瑞草区(ソチョグ)のある小学校の教師の自殺によって公教育の一断面が明らかになったことで、諸々の教育主体の様々な声が噴出してもいます。このような問題の根には、勝者独占社会が影を落とす大韓民国の教育現場があります。貧弱になっていく公教育の裏には、ますます高度化、効率化して繁栄する私教育(塾、予備校、習い事など。公教育の対立概念)が存在します。

 ハンギョレは市民団体「私教育の心配のない世の中」および10人の作家と連携して、「悲しき競争、痛みの教室」という題で韓国教育の現実を素材にしたミニフィクションを連載します。>

 「あんたバカなの?」

 国語の試験が難しかったと訴えると、姉はそう言った。

 「やさしく温かい感じなのか、正確で批判的な感じなのか、そんなこと何で考えるの?」

 それは私が中間テストで間違えた3つの問題のうちの1つだった。一編の詩を例にあげ、どのような感じに朗読すべきかを選ぶ問題でだった。私はやさしくと正確さとの間を数十回行ったり来たりして、結局は正確な感じで朗読すべきだという方を選んだ。結果的に、その問題のせいで国語の点数の前の桁の数字が変わった。

 「作家のキム・ミンハ知ってるよね? 教科書に小説が載ってる人。自分の書いた小説が出てくる修学能力試験の問題を解いたことがあるんだって。でもその人が選んだ答えは誤答って返されてきたんだって。どういうことだと思う? 書いた本人が自分の感覚で答えを選んでも間違えるのが大韓民国の国語問題だってこと。なのにあんたみたいな子が自分の感覚で答えを選んでそれを当てるって? できると思う? バカだな」

 姉の要旨はこうだ。ふさわしい朗読口調を問う国語の問題に自分の考えで応じてはならない。絶対に。無条件に出題者の意図を考え、最も「典型的でありきたりな」答えを選ぶべし。そうしてこそ正解にたどり着く。姉の表現によれば、「個人の信条禁止、個性の発揮禁止」のみが生きる道だ。

 「私は自分の感覚なんか考えない」

 声が震えないように私は力を込めて言う。全科目トップクラスで軽くS大学の随時入試に合格した姉は、大学生になっておしゃれに忙しい。早く出かけなきゃと言いながら、朝食を食べながらもう10回以上時計に目をやっている。そんなに時間に追われながらも、私の試験の話が出ると、目を剥いて小言を言っている。

 「自分の気持ちに従おうとしたんじゃなくて、ただ出題者が何を意図しているのか分からなかっただけだよ」

 「あんたはそれが問題なの。余計な考えが多いこと。問題集3冊買って全部解いてみな。2、3冊解けば問題のパターンが分かるから。この詩がどんな感じなのか、この文章をどんな口調で朗読すべきなのか、こういうのが世の中でいちばん無駄な悩みなんだから。詩に自分の感覚を持ち込んではならない、それが大韓民国の国語教育の核心だっつーの! いったい何回言ったらいいの?」

 問題集を解け、自分個人の感覚を持つな。このかん数十回繰り返してきた決まり文句をごたごたと並べ立てていた姉は、ピアノの上にかかっている時計を見るなりいきなり立ち上がって、自分の部屋へと駆けていった。家の中を行ったり来たりしながら服を探したり、イヤリングを探したり、せわしげだ。私はそんな姉を見ながらご飯を口に押し込んだ。

 姉の憶測とは異なり、私は試験に出た本文を見る時、それに対する私の気持ちは考えない。この問題を作る時、どのような答えを期待したのだろうか。できる限り出題者の心に入り込むことに努める。今回の中間テストで間違った問題も、最初は「やさしく温かく」が答えだと思った。ところがもう一度読んでみると、2番目の連に出てきた「堅固な」という単語が気になった。堅固だという言葉が使われている詩をやさしく温かく朗唱してよいものか。もしかしたらこの詩の本当にふさわしい読み方は、正確かつ批判的に読む、というものなのでは? という疑いが生じた。

 本文を読み返せば読み返すほどそちらの方に気持ちが傾いた。この問題はきっと「キラー問題」だ! 生徒のほとんどの判断を温かさの方へと傾かせているが、実は「正確で批判的」に朗唱しなければならない、というのが真の答えのはず。深く考えずに「やさしく温かく」を選ぶ多くの生徒たちと、わなにはまらずに正解を選び出す自分の姿が、鮮明な対比をなして頭に浮かんだ。答えに含まれている「正確な」という3つの文字も、私の選択を確固として裏付けているようだった。

 かといって迷いがなかったわけではない。コンピュータ用のペンで答えを記入しようとした瞬間、心に大きな波動が起こった。本当に? 本当にこのような詩を 「正確かつ批判的に」朗読しなければならないと思うの? 改めて読んでみると、詩がとても温かく感じられた。やさしく温かく読むべきたった一編の詩があるとすれば、まさにこの詩だと思えた。しかし、いざペンで答えの欄を塗りつぶそうとすると、「正確な」という文句が目の前に大きく浮かび上がった。私は目を閉じて首を横に振った。わなにはまってはならない。バカでもあるまいし、出題者たちは誰もがその答えを選ぶということを知っているはずで、そんな簡単な問題を出すはずがあろうか。試験終了まで3分残した時点で、私の心にはこの問題こそ弁別力を見極めるためのキラー問題だという確信が押し寄せた。私は果敢にマーキングした。「正確かつ批判的に」朗読しなければならないという3番を。そして私は、クラスでその問題を間違った唯一の生徒となった。

 空にした茶わんとスプーンを流しに持っていく時、食卓の片隅に置かれた数枚の1万ウォン札が目に入ってくる。会社の監査シーズンなので、最近母は早朝に出勤して真夜中に帰ってくる。このようなシーズンには、母は1万ウォン札を束ねて食卓の上のかごに入れておく。夜に姉と私が食べる夕食の支度に来る祖母が買い物で使えるように置いてある「買い物用」のお金だ。

 実は中間テストを受ける2日前、私はかごに入っていた1万ウォン札を取っていって使っていた。国語の問題集を買うためだった。国語の問題集を買いたいと言った時、母は私がすでに国語の塾でもらった問題集を持っていることを指摘した。姉は塾に通いもしなかったのに、簡単に国語で満点を取ってきた、という決まり文句も忘れなかった。そんな母に国語の問題集をまた買ってくれとは言えなかった。だから、かごに入っていた1万ウォン札を2枚取っていって使ったのだ。他のことに使ったわけではなく問題集を買うのに使ったのだから大丈夫と自分に言い聞かせたものの、心の奥底には「悪いこと」をしているという思いが重くのしかかっていた。

 だけど今朝、姉に「あんたバカなの?」と言われてはらわたが煮えくり返った。すべての国語問題集を買って解かなくちゃ、期末試験は必ず満点を取らなくちゃという気になる。姉は必死に勉強しなくても試験を受けたら満点を取る「天才肌」だった。私はそうではなかった。母の表現によれば「無駄に問題集はたくさん解くのに」成績はかんばしくない「鈍才型」だった。たまに作文大会に出て賞を取ってくるものの、姉の表現によれば、それは「すべて無駄な」賞であり、私は「本当に重要な学校の試験では必ず2つ3つ間違うため、上位クラスから滑り落ちるバカ」だった。クラスではできる方で、一部の先生は私のことを賢いと評してもいるが、母と姉の評価は断固たるものだ。私は「やってもダメな子」なのだ。そして私の頭の中を常に占領しているのは、母と姉が下す評価の言葉だ。やってもダメな子、頑張っているのに要領が悪い子。

 食器を流しに置いて部屋に行こうとしていた私の足どりが食卓の前で止まる。かごに入った1万ウォン札が大きく見えてくる。幾枚も重なった状態で半分に折られている青いお金の束。あそこから2枚抜いたらどうなるだろうか。こんなに忙しいシーズンだから母は私が何枚か抜き取っても気づかない。おそらく今回もそうだろう。手を伸ばして1万ウォン札に手をのせる。その瞬間、感電したように体が震えてくる。もしかしたら母は今度こそ気づいてどやされるかもしれない。誰がここにあったお金に手をつけたの! おばあちゃんに買い物に使ってもらうために置いておいたお金なのに! 手を腰のあたりに戻し、私は食卓の前で固まる。青いお金の形がぼやけてきて、ぼうっとしてくる。脳裏のどこかで、5分で歯を磨いて服を着なければ遅刻するという警告音が鳴り響くが、体が動かない。頭の中では2万ウォンを手に書店へと向かう場面がずっと繰り返されている。

//ハンギョレ新聞社

チョン・アウン|2013年の第18回ハンギョレ文学賞の受賞をきっかけに作品活動を開始。著書に長編小説『モダンハート』、『蚕室洞の人々』、『素顔の愛』、『その男の家に入った』、『ある日、体の外に出た女は』、エッセイ『母の読書』、『あなたが家で遊ぶといううそ』、『高い自尊心の愛し方』、『こうして作家になりました』、『ノンフィクション『全斗煥最後の33年』がある。多数のメディアにコラムとエッセイを寄稿しており、「月給写実主義」同人でもある。 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1115261.html韓国語原文入力:2023-11-07 14:04
訳D.K

関連記事