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パク・チソン「マンU離れたのは負傷もしていないのに5試合欠場させられたから」

登録:2021-10-08 11:26 修正:2021-10-09 12:47
2008チャンピオンズリーグ決勝で排除された時は「衝撃」
マンチェスター・ユナイテッドのポッドキャストに出演したパク・チソン=マンUのポッドキャストをキャプチャー//ハンギョレ新聞社

 パク・チソン(40)が、2012年にマンチェスター・ユナイテッド(マンU)を離れることを決意した理由を自ら明らかにした。

 マンUは最近、自主制作する「UTDポッドキャスト」でパク・チソンの話を紹介しているが、パク・チソンが2012年にマンUを離れた理由を明らかにした部分を6日(現地時間)に公開した。

 パク・チソンは「マンUでの最後のシーズン、何の負傷もしていなかったのに、5試合連続で欠場させられた。そんなことは初めてだった。それは私にとって(もう終わったという)シグナルだった」と打ち明けた。続いて「負傷のない状況で最も多く連続欠場したのは、おそらく3試合だったと思う。5試合連続の欠場は選手としては非常に厳しかった。それでチームを去る時が来たと思った」と話した。

 パク・チソンは2005年にPSVアイントホーフェン(オランダ)からマンUへ移籍。以降2012年まで7シーズンをプレーした。同期間に、イングランド・プレミアリーグ(4回)と欧州サッカー連盟(UEFA)チャンピオンズリーグ(1回)での優勝に貢献した。マンUを去った後はクイーンズ・パーク・レンジャーズに在籍した。

 パク・チソンはまた、「マンUは私がチームに留まることを本当に望んでいた。アレックス・ファーガソン監督とも話した。しかし負傷もしていないのに5試合連続欠場は初めてだったので、何人かの選手はわたしが去ることを知っていたかもしれない」と付け加えた。パク・チソンは、チームを去ろうと考えている自分をファーガソン監督が理解してくれ、自ら手紙まで書いてくれたというエピソードを紹介し、「ファーガソン監督の指揮を受けたマンU選手であったことを誇りに思う」と語った。

 一方、モスクワで行われた2008チャンピオンズリーグ決勝チェルシー戦に自身が出場できず、観衆席で見守らなければならなかったことについても、自らの考えを明らかにした。パク・チソンは「試合当日の朝、ファーガソン監督に『今日のリストに君はいない』と言われて衝撃を受けた。監督の決定には従うしかなかったし、優勝したのだから監督が決めたことは正しかった」と話した。一方で、「本当に信じられなかった。その後、自分に足りないものは何なのかを深く考え、発展の機会にした」と語った。

キム・チャングム先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/sports/soccer/1014215.html韓国語原文入力:2021-10-07 09:34
訳D.K

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