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ドラマ『朝鮮駆魔師』打ち切りに残された問い―歴史歪曲と人種主義的論争

登録:2021-03-29 03:50 修正:2021-03-29 09:30
[イ・スンハンのスルタン・オブ・ザ・テレビ] 
歴史歪曲時代劇と過剰反発 
 
突飛な中国風の小物や雰囲気に 
国民請願、協賛撤回の嵐 
2回で打ち切りは史上初 
歴史歪曲批判は一理あるが 
 
「作者は朝鮮族」主張…人種差別主義 
作者の前作の出演者にまで飛び火 
放送局、メディア、世論全てで問題あらわに 
正否より力の論理が貫かれ
『朝鮮駆魔師』のワンシーン。視聴者たちは、忠寧大君が駆魔師弟一行に月餅やピータンなどの中国料理でもてなす場面や、中国式の小道具で飾った空間などをめぐり、歴史歪曲だと指摘した=放送画面より//ハンギョレ新聞社

 韓国の放送史に名の残る作品が登場した。不幸にも、肯定的にでなく否定的に。朝鮮前期を背景として太宗(テジョン)や譲寧大君(ヤンニョンデグン)、忠寧大君(チュンニョンデグン)のような実在の歴史上の人物を登場させたSBSの月火ドラマ『朝鮮駆魔師』は、朝鮮建国の過程に悪鬼が介入し、その悪鬼に立ち向かうため遠く西域から駆魔神父を連れてきたという設定のファンタジー時代劇だ。

 しかし、ファンタジー時代劇であることを考慮しても眉唾なシーンが視聴者の神経を逆なでした。幻覚を見て刀で民を虐殺する太宗(カム・ウソン演)や、忠寧大君(チャン・ドンユン演)が自分の6代前の祖先である穆祖(モクチョ)の三陟(サムチョク)定着過程を「妓生のために夜逃げ」したと要約し皮肉る場面では、少なくない視聴者がテレビの前で固まった。

「歴史歪曲」で史上初の早期打ち切り

 事態に本格的に火をつけたのは中国風の小物だった。忠寧大君の一行が西域から来た駆魔神父を義州(ウィジュ)近くのある妓生屋でもてなす場面、中国風の小道具で埋め尽くされた中華風の家屋で、月餅とピータン、中国餃子を食べ中国酒を飲むシーンは視聴者の逆鱗に触れた。いや、世界のどの王朝が外国から来た使節を他国の料理でもてなすのか。

 視聴者たちの問題提起に対し制作陣は「明を経てちょうど朝鮮に渡ってきた西域の駆魔司祭一行を休ませる場所であり、明との国境に近い地域なので『中国人の往来が多かったのではないか』という想像力を加味して小品を準備した」と釈明した。しかし、この釈明は、「あの時代の義州周辺は朝鮮と明の境界ではなく、朝鮮と女真勢力の境界であり、そのため明から朝鮮に渡って来るとすれば、海路で来た方が自然だったはずだ」という反論を招いただけだった。

 不誠実な釈明に加え、わずか1カ月前に放映が終わった前作の『哲仁王后』(tvN)でも歴史を軽率に扱った作者のパク・ケオク氏の前歴が言及されると、事態は取り返しのつかないほど大きくなった。歴史を歪曲する東北工程(中国の東北地方の歴史、地理、民族問題などを研究する中国の国家事業)ドラマは打ち切るべきという大統領府への国民請願が1日で署名数13万を突破し、熱い世論を感知した広告主や協賛社も続々と広告と協賛を撤回している。結局、『朝鮮駆魔師』は放映2回目で打ち切りとなる韓国ドラマ史上初の作品となった。

視聴者たちは、都巫女「ムファ」の衣装が中国ドラマに出てくるスタイルだと指摘した=SBS提供//ハンギョレ新聞社

 「表現の自由」という言葉で『朝鮮駆魔師』の歴史歪曲を擁護するつもりは全くない。前作に続き、またしても歴史に対する不誠実な態度を示したパク・ケオク氏は批判を免れない。長きにわたって、歴史に対する深みのある研究や時代像に対する緻密な考証を行うことなく作家の好きなように書いては「フュージョン時代劇」や「ファンタジー時代劇」と言い訳して批判を避けてきた経歴をもつ韓国のドラマ業界も、この責任から自由ではいられない。準備過程でシナリオを検討する時間的余裕があったはずの制作陣の誰も、問題になった部分を指摘できなかったこともまた問題だ。しかし、放映から1週間で打ち切り決定という史上初の事態においては、注意深く検討すべきいくつかの争点が存在する。

人種差別主義的な問題に発展

 例えば、オンライン上の一部で持ち上がった作者のパク・ケオク氏の「朝鮮族疑惑」がそれだ。一部のネットユーザーは、パク・ケオク氏の怠惰な態度と繰り返される歴史歪曲に対する問題提起を逸脱し、パク氏は朝鮮族ではないかという疑惑を提起している。パク・ケオク氏が中国資本と頻繁に仕事しており、ここ数年で登録された文学作品リストを見ると中国関連のコンテンツを多く生産した痕跡があり、かつての作品の映画『ダンサーの純情』(2005)やドラマ『カインとアベル』(2009)、『ドクター・プリズナー』(2019)などに朝鮮族のキャラクターが登場しているというのがその理由だ。

 しかし、この疑惑提起の真意は「民族は韓民族であっても国籍は中国の朝鮮族だから、東北工程と軌を一にするコンテンツを作っているのではないか」という人種差別的な発想だろう。そうでなかったとすれば、パク氏の出身地域についての推測は、朝鮮族キャラクターの登場が3度目となった『ドクター・プリズナー』が公開された頃に出ていただろう。パクさんが歴史歪曲を示した作品が公開されてから出身地域についての推測が提起されたのは、朝鮮族集団全体を「韓国人に混じって、いつ中国政府が追求する国家的プロパガンダに同調するか分からないエージェント」と見なす韓国社会の根深い人種差別が反映された結果だ。

 制作会社は非難が高まると、パク・ケオク氏は朝鮮族ではないと発表した。1995年に『金を持って跳べ』の脚本作業に参加したのを皮切りとして常にエンターテインメント産業に携わってきたキャリアを考えると、パク氏が「長きにわたって正体を隠して時を待ち、東北工程が始まると歴史歪曲コンテンツを制作した作家」だという仮説よりも、「韓国エンターテインメント産業に本格的にチャイナマネーが流入し始めた時期を狙って、中国関連コンテンツを多く生産した作家」だという仮説の方が合理的だろう。

幻覚を見て刀で民を虐殺する太宗(カム・ウソン演)や、忠寧大君(チャン・ドンユン演)が自分の6代祖である穆祖の三陟への定着過程を「妓生のために夜逃げ」したと要約し皮肉る場面では、少なくない視聴者がテレビの前で固まった=SBS提供//ハンギョレ新聞社

 しかし、果たして作者の出身地は重要なのか。たとえパク・ケオク氏が朝鮮族だとしても、パク氏個人の歴史に対する態度が気に食わないということであって、「朝鮮族だから中国政府の歴史プロパガンダに同調している」という推論は正当化されない。

 そして、メディアはこうした「朝鮮族問題」が人種差別主義的な扇動であることを指摘したり警告したりするどころか、オンラインコミュニティ上の無分別な疑惑提起をスポーツ中継でもするかのように記事にし、人種差別主義商売に手を出している。

 さらに進んで、世論は、作品に出演した俳優にも責任を問う一方、パク氏の前作で似たような歴史歪曲非難を浴びた『哲仁王后』に出演していたシン・ヘソンをモデルに起用したマスク会社に、モデルの交代を要求している。歴史歪曲の素地があるコンテンツにかかわった人なら、軽重を考えず無条件に責任を問うというこのような態度は、対話や論議ではなく「お前はどちらの側か」という選択を強いる二分法的な暴力だ。そして、このように国民と非国民を分ける国家主義的扇動についても、多くのメディアは警告や指摘ではなく出来事を単にストレート報道することを選んでいる。

「韓国の今日」が集約された事態

 歴史歪曲に対する問題提起を逸脱して、人種主義的・国家主義的扇動まで飛び交う世論や、それにまともな問題提起もできないメディアに加え、放送局もまた事態の悪化に一役買っている。これまで韓国の放送局は、ドラマやコメディーの中の不必要な暴力描写や、マイノリティ集団に対する偏見と差別を助長する設定、女性嫌悪などの問題が提起される度に「創作の自由」を語り、「そういう意図ではなかったが、ご覧になっている方々が不快な思いをされたのなら深くお詫びする」という言葉で一貫してきた。

 作品に対して提起される問題について放送局が積極的に話し合い、創作物の中での再現の倫理に関する時代的合意を導き出す作業を行っていたならば、『朝鮮駆魔師』をめぐる論争もまた「ファンタジー時代劇における歴史再現の倫理」についての生産的な議論へとつながったかもしれない。しかし、いつも「不快な思いをされたのなら申し訳ない」と言い訳してその課題を先送りにしてきた放送局には、広告主とスポンサーが離れていった時、慌てて1週間でドラマを打ち切ること以外に残された選択肢はなかった。正しいか正しくないかの問題に反応したのではなく、力と資本の論理に反応したのだ。

 SBSの立場からすれば、厳しい世論を前にして打ち切り以外には答えがなかったのかもしれない。しかしこれは「言葉では問題を解決したり生産的な議論を導き出したりすることはできず、勢を頼んで金で圧力をかけるのが答えだ」という悪いシグナルを送るという結果を残した。制作陣はなすべき検討をせず、世論はなすべき自制をせず、マスコミはなすべき指摘をせず、放送局はこれまでに解決しておくべきだった課題をそのままにしていたため、対話ではなく力と資本の論理が答えという寂しい結果を導き出した。歴史の中の朝鮮を深刻に歪曲した『朝鮮駆魔師』をめぐる一連の事態は、このように逆説的にも今日の韓国をそのまま内包している。

イ・スンハン|テレビコラムニスト。気が付いたらテレビを見ることが生業になっていた、町のありふれた物書き。担当記者が最初「スルタン・オブ・ザ・テレビ」というコーナー名を提案してきた時は戸惑ったが、今はまあいいかと思っている。あえてコーナー名の理由をつけるとすれば、エンターテインメント産業内で無視されたり看過されたりしがちな人々を一人一人「スルタン」のようにもてなすという覚悟、程度に読みとってもらいたい。

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/entertainment/988437.html?_fr=st4韓国語原文入力:2021-03-27 08:17
訳D.K

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