登録 : 2016.01.18 08:15 修正 : 2016.01.18 18:35

文化財財団の判読結果で初めて確認 
4年前の百済泗沘城跡の発掘遺物

九九の木簡(左)と数字公式が見える部分。「四、三、十二」(4×3=12)」、「四、四、十六」(4×4=16)と書かれてある=韓国文化財財団提供//ハンギョレ新聞社
 掛け算の基礎公式「九九」が書き込まれた約1500年前の百済木簡が発見された。朝鮮半島で初めて確認された数学公式を書き込んだ古代文書であり、国内最高の数学史関連遺物となる。

 韓国文化財財団は16日開かれた韓国木簡学会発表会で、2012年に百済の泗沘(サビ)城跡がある忠清南道扶余邑雙北里(サンブンニ)一帯の官庁跡を発掘調査した当時出土した6~7世紀の木簡の精密判読結果を公開し、これらのうち1点から九九の一部が確認されたと明らかにした。

 財団の資料によると、九九の木簡は長さ30.1センチ、幅5.5センチで刃物の形をしている。全面にかすかに墨文字で書かれた数十の数字が見える。財団と学会研究陣が判読した結果、木簡の一番上と中間の下の部分で、それぞれ「九、六、五十四」(9×6=54)、「四、三、十二」(4×3=12)、「四、四、十六」(4×4=16)といった九九の公式が確認される。木簡は、上から9段公式が先に始まり、下へ向かってそれより少ない数字の段で読む順序になっているため、今日と反対の順序で九九を読んでいたことがわかる。チョン・フンジン研究員は「当初は物品数量などを書いた下書きだと思ったが、精密に判読してみると、上下四つの数字を一つの単位として区分線を横に引いて公式を繰り返す九九であることが分かった」と話した。

 学界は、確認された九九の木簡が、百済官庁跡から出土した点から推測し、役人が税金用穀物の数量を測る計算道具として活用したり、暗記用教材としたのではないかと推定した。通常の木簡とは違う刃物の形をしているので、計算道具として使った後、再び削って提案用具として再活用したとの分析もされる。キム・ジェホン国民大教授は「三国時代の先祖が数学を生活にどう活用したのか分かる画期的遺物」と指摘し「百済人が九九で数字を数え、建築や測量に活用する程相の当な水準の数学知識を持っていたことを示す」と評価した。

 中国、日本では九九の木簡が度々出土している。中国シルクロードの遺跡がある新疆ウイグル自治区ニヤ遺跡と甘粛省居延の遺跡間では紀元前時期の九九の木簡が出土しており、日本でも7~8世紀の都、奈良などで出土事例が報告されている。日本では今回扶余から出土した九九の木簡と似た形と内容の木簡が出土していることもあり、時期が早い百済の九九の木簡がそのまま伝来した可能性が高い。

ノ・ヒョンソク記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2016-01-18 01:36

http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/726627.html訳Y.B

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