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蔚山霊鷲寺跡で高麗時代の青銅遺物大量発見

登録:2015-06-08 20:53 修正:2015-06-09 09:13
 青銅香炉・青銅蒸し器・青銅椀など11~13世紀の工芸品
 蔚山博物館、調査結果を発表
 遺物精密分析の予定
青銅香炉 =蔚山博物館提供//ハンギョレ新聞社

 蔚山(ウルサン)広域市、蔚州(ウルチュ)郡・栗里の1300年前の寺刹である霊鷲寺(ヨンチュクサ)跡(蔚山広域市記念物24号)で、青銅香炉、青銅蒸し器、青銅椀など11~13世紀高麗時代の最高級青銅工芸品が出土した。 出土遺物の中で、青銅香炉は保存状態が良く装飾美がずば抜けた国家文化財級の遺物と評価され、青銅蒸し器も完全な形としては最も早い時期の貴重遺物であることがわかり学界の注目が集中している。

 蔚山博物館(館長シン・グァンソプ)は8日、霊鷲寺跡調査結果を発表し、収集した遺物に対する精密分析に入る予定と明らかにした。

 博物館によれば、出土した青銅工芸品は、寺の跡地に散在していた東石塔部材を実測のために移し、上層の腐植土を取り除く過程で出土した。 出土した場所は、東塔の北東側角から東に2メートル離れた地点だ。 発見当時、逆さにひっくり返った青銅蒸し器の下に香炉が倒れて半分ほどかかった状態で発見され、蒸し器の中に満たされた土の中から青銅椀と蒸し器の取っ手の片方も確認された。 出土状態から見て、直径50センチメートルの穴を掘り、青銅香炉を置き、その上にふたとして青銅椀をかぶせた後に、その上からまた青銅蒸し器をかぶせて埋めたと見られる。

 注目される遺物である青銅香炉は、高さ25.7センチメートル、底部直径23.5センチメートルで、三本の脚が付いた円形支えの上に香炉本体が載せられているようだ。脚と支え、本体を別々に作り、それぞれ3本のクギで固定して完成した。 高麗時代の青銅香炉は現在いくつか知られているが、霊鷲寺跡から出土した青銅香炉は、出土地が明確で保存状態が良好なうえに、装飾が華麗で工芸史的価値が高いと評価される。 製作技法と形態などから見て、現在までに発見された香炉のうち比較的早い高麗前期(11~12世紀)に作られたものと推定される。

青銅蒸し器 =蔚山博物館提供//ハンギョレ新聞社

 青銅蒸し器は、香炉と同じ時期のものと考えられる。高さ24センチメートル、口の直径が42センチメートル、底部の直径が37センチメートルで、本体は円筒形であり中間地点に取っ手が付いている。 蒸し器の底部は2段に分かれ、象眼模様の眼状紋が特異だ。 底部に数箇所の修理跡があることから見て、長期間にわたり使われたものと見える。 高麗時代の青銅蒸し器は、清州(チョンジュ)思悩寺跡で確認された例があるが、出土当時に完全に破損された状態だったため、今回出てきた霊鷲寺跡の青銅蒸し器が現在韓国で完全な形態で発見された最も早い時期の金属製蒸し器と考えられる。 霊鷲寺跡で出土した瓦などを勘案する時、青銅香炉と同じ時期のものと考えられる。

青銅椀 =蔚山博物館提供//ハンギョレ新聞社

 また、青銅椀は高麗時代の典型的な青銅製の器の形式を備えていて、直径15.5センチメートル、高さ9.5センチメートルだ。 香炉の口部分を覆っていたことから見て、埋めた当時は本来の用途ではなく香炉の蓋として使われたと見られる。 博物館側は、青銅工芸品3点が一つの場所からまとめて発見されたという点で、清州の思悩寺跡、慶州(キョンジュ)の望徳寺(マンドクサ)跡、ソウルの道峯書院(トボンソウォン)跡の発掘事例のように、戦乱のような非常状況で略奪を避けるために一時的に埋めた“退蔵遺物”ではないかという推定を出している。 博物館関係者は「高麗前期の霊鷲寺の状況を伝える重要な資料であり、当時の蔚山地域の仏教文化を理解する上で役立つと期待される」と話した。

 『三国遺事』によれば、霊鷲寺は新羅神文王代(683年)に創建されたと伝えられる由緒深い寺刹だ。2012年から蔚山博物館が毎年跡地発掘調査を行った結果、金堂(法堂)を中心に東西に石塔が位置した統一新羅時代の典型的な「双塔一金堂」様式の伽藍配置であることが確認された。

文ノ・ヒョンソク記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/694922.html 韓国語原文入力:2015-06-08 10:29
訳J.S(1860字)

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