原文入力:2011/06/28 19:06(3740字)
三星電子半導体事業部に勤務して白血病にかかり死亡した労働者ファン・ユミ氏とイ・スギョン氏は労災に遭ったと見るべきだという裁判所の判決が、この23日に下された。しかし一緒に訴訟を提起していた他の3人の労働者は、白血病の発病と勤務条件との因果関係が不十分だという理由で業務上の疾病の認定を受けることができなかった。これを契機に、一方では労災認定の基準を緩和すべきだという声が上がっている。その反面、経営界では現在の韓国の労災認定基準は外国に較べて低くはなく、さらに緩和した場合無分別な労災申請によるモラルハザードで財政が枯渇するだろうと憂慮する。わが国の労災保険制度の実態と改善方向について、専門家の意見を聞いてみる。
←クォン・ドンヒ労務士
不十分な疫学調査が問題だ
今回の三星白血病の判決で
勤労福祉公団の疫学調査と
労災認定基準の問題点が
明確にあらわれた
6月23日、ソウル行政法院はいわゆる“三星白血病”事件の2人に対して業務上疾病を認め、残りの3人に対してはこれを否定する判決を宣告した。 周囲ではこの裁判をダビテと巨人の戦いに比喩するけれども、実際の戦いは勤労福祉公団という政府機関と三星という財閥、この二人の巨人との‘戦争’だった。
我が国の労災判定機関は雇用労働部傘下の勤労福祉公団であり、白血病のような職業性癌について労災申請をする場合は、勤労福祉公団は“疫学調査”を産業安全保健研究院に依頼することになる。 産業安全保健研究院の疫学調査結果に事実上“拘束”されて公団は労災認定の可否を決めることになる。 三星白血病事件では“ベンゼン”という発ガン物質がないという疫学調査結果に基づいて全員不認定となり、これを不服として訴訟が進められたのだ。現在の労災補償保険法施行令別表3「‘業務上の疾病に対する具体的な認定基準」は大きく分けて7種類の発ガン物質にともなう職業性癌だけを規定しており、白血病の場合「ベンゼン1ppmに10年以上露出した場合」にだけ勤労福祉公団は業務上の疾病を認定している。
今回の判決で2人が職業性癌を認定された決定的原因は、2009年に実施されたソウル大産学協力団の調査の結果、三星半導体器興(キフン)事業場の5ラインの感光工程でベンゼンが少量ではあるが検出されたためだ。 そして裁判所は公団の認定基準と異なり別表3に限定しないでベンゼン以外に電離放射線、ホルムアルデヒド、トリクロロエチレン(TCE),ヒ素を白血病誘発物質と認定している。 最近大法院は「鉛、有機溶剤のイソプロフィルアルコール(IPA)、‘1,1,1-TCE’等が人体に有害な物質であることは明らかで、これらの物質によって慢性骨髄性白血病が発病する可能性を排除することはできないと見える点」をあげて業務上の疾病を認めたことがある(大法院2008トゥ3821判決)。これにより、公団の疫学調査および認定基準がどれほど不十分なものであるかが分かる。
ただ、今回の判決は残り3人に対して業務関連性を否定したが、この点を検討してみるならば、設備エンジニアのファン・ミヌン氏の場合、裁判所はセットアップ作業を下請け業者が担当したという三星側の主張だけを根拠に業務関連性を否定した。 しかし実際エンジニアも下請け業者職員と共に共同作業をしたので現場で発生した有害化学物質に複合的に露出した可能性が高いという原告側主張を受け入れないのは理解し難い。
また、温陽(オニャン)工場の2人の労働者の場合にも、工程のメッキ業務特性上発ガン物質の鉛、ホルムアルデヒド、硫酸、塩酸だけでなく個別的有害物質のトリクロロエチレンにも露出しなかったと裁判所が判断したのは、事実上2008年度に実施された産業安全保健院の形式的疫学調査に基づいたものだ。 過去の工程、発ガン物質等を現在の時点で再現するのは不可能であり、これは労働者にすべての立証責任を賦課している労災保険法の限界を示すものである。
特に裁判所は温陽(オニャン)工場のキム・ウンギョン氏の場合、5年間トリクロロエチレンという白血病誘発因子と各種有害化学物質に露出した事実があるにも拘らず、業務関連性を否定した。 キム氏の露出期間と露出量が少ないという判断が根拠になっている。 これは「露出基準が低くても発ガン物質に露出する場合、傷病の誘発因子になり得る」という判例法理(大法院2003두12530判決)にも外れるからこの部分は理解し難い。
結局、今回の判決により明確にあらわれたのは大きく分けて次の三つの点である。 まず、職業性癌に対する勤労福祉公団の労災認定基準の問題点であり、二番目に、労災認定の可否において核心的判断根拠となる疫学調査の問題だ。 これは今回の判決でも「疫学調査は一定の時点における有害化学物質の露出程度を静態的に分析したものであって、(その結果が白であっても)労災認定を推断するのを妨げるものではない」と言及した内容を見ても分かる。 三番目に、有害化学物質による職業病の場合、労働者に過度な立証責任を賦課する法体系を至急改正しなければならないということだ。
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イム・ジュン労働健康連帯執行委員長・ 嘉泉(カチョン)医大教授
労災立証責任は政府が負うべき
健康保険のように労災保険も医療機関が請求を代理し
労災立証責任は労働者でなく勤労福祉公団に負わせればいい
韓国は“労災王国”だ。 経済協力開発機構(OECD)平均の3倍の高さの死亡万人率(勤労者1万人当たりの死亡者数で、全産業に従事する勤労者中労災で死亡した勤労者がどの程度かを把握する際用いる指標)がこれを証明している。 ところが災害率は OECD 平均の5分の1水準に過ぎない。 災害率は低いのに死亡万人率だけ高いということはありえない。 相当数の労災が労災保険の適用を受けることができず、労災統計に把握されないでいるために発生する現象だ。
2008年産業安全保健研究員の報告書によれば、労災保険の適用対象でありながら健康保険で治療を受けた労働者が107万人に達すると推定される。 1年に労災保険で治療を受ける労働者が10万人にもならないということを考えれば、これは十分に途方もない規模だと言わざるをえない。 ところで今回の“三星白血病”事件を通じて分かるように、職業性癌と同様いまだ因果関係が明らかになっていない職業病は大部分労災保険から排除されているので、実際の労災労働者の規模はこれよりはるかに大きいだろう。
このように大部分の労災患者が労災事故に遭ったり職業病にかかっても労災保険で治療を受けることができず健康保険で治療を受けているという事実は、労働者に致命的な危険をもたらす。 労働者の健康を深刻に脅かす恐れがあるからだ。 我が国の健康保険は保障性が非常に低くて、病気により発生する治療費負担から家計を保護できないだけでなく、休業給与を出さず中途で治療をあきらめて急いで職場に戻るように誘導する。 このように健康保険で治療を受けた労災労働者が、十分な治療とリハビリサービスを受けられないまま職場に復帰してまた同じ危険作業をしているから、病気はさらに進み永久的な障害が発生するわけだ。
なぜ労災労働者は保障性の高い労災保険で治療を受けることができないのだろうか? それは現行労災保険の前近代性にその原因がある。 労災労働者が労災保険の適用を受けるには、本人または保護者が勤労福祉公団に直接労災申請をして因果関係を本人自ら立証しなければならない。 こういう制度の下では労災発生後緊急且つ適切な治療およびリハビリサービスを受けなければならない労働者の権利が侵害されざるを得ず、結局医療の利用が制限されるほかはない。
事実このような問題は簡単な処方だけでも容易に解決することができる。 医療機関が健康保険患者と労災保険患者を分類し、健康保険と同様に労災保険も医療機関が労災患者の請求を代理するようにすれば、問題は簡単に解決することができる。 また、労災立証責任を労働者に負わせずに、勤労福祉公団が労災でないことを反証するように義務付ければいいのだ。初めの分類に対して調整はあり得るから、まず治療(療養)を労災保険で受けて勤労福祉公団が反証できず最終的に労災判定が出たら休業給与など現金給与を提供するようにすれば、制度変化のために生じ得る複雑な問題も解決することができる。
このような制度変化が現実化されるならば、労災労働者が家族の生計と治療費の心配のために治療をまともに受けられないということはなくなるだろう。 労災保険財政増加で事業主負担が大きくなることはあり得るが、健康保険で負担が減るから事業主負担も思ったより大きくはないことが予想される。考え方を変えてみるならば、事業主負担が大きくなる代わりに労働者の健康が改善され家計負担が減るという点で、事業主の負担増加は甘受すべき部分だ。
実際のところ労災保険はこの他にも多くの問題を抱えている。 勤労契約関係に焦点が合わされている狭い適用対象、低い補償水準、リハビリ体系の不在など、解かなければならない難題が多い。 しかし三星白血病事件を通じて確認された申請手続きと立証責任の問題は、この機会に必ず確実にしなければならない。そうでなければ、無念の思いで死んでいった、そして死んでもなお苦痛の中にあった三星白血病死亡労働者の霊前で頭を上げることはできないのではないか?
原文: https://www.hani.co.kr/arti/opinion/argument/484879.html 訳A.K