この1年ほどの間、アメリカ、ドイツ、フランス、韓国など、今まで安定した民主主義の国と思われていたところで、民主主義の危機に関する議論が頻繁に聞かれるようになった。ドナルド・トランプの統治が始まってからわずか1カ月だが、危機感はかつてないほど強まっている。それは、トランプという特異な性格の政治家の気まぐれではなく、第2次世界大戦以後の80年間の世界の秩序を揺るがしているという深い危機である。
第2次世界大戦終了後、いわゆる先進国はそれぞれの形で戦争への反省に基づいて民主主義の再構築に取り組んだ。日本やドイツのような敗戦国では、侵略戦争に対する反省に基づき、平和と民主主義を基軸とする戦後体制がつくられた。民主主義の擁護者としてファシズムを倒したアメリカは、戦後の廃墟から各国が復興することを助けた。もちろん、ベトナム戦争やイラク戦争など、アメリカが自由や民主主義の名のもとに無意味な戦争を行い、おびただしい犠牲を出したことは事実であり、その愚行の歴史は消えない。しかし、アメリカが自由と民主主義という世界秩序の土台を提供してきたことも確かである。
2月28日の、ホワイトハウスにおけるトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の会談の模様を見て、私も衝撃を受けた。ロシアを撃退することで戦争を終わらせることは実際には不可能であり、何らかの妥協によって停戦を実現するしかない。それにしても、ゼレンスキーを侵略者と呼ぶのは滅茶苦茶である。アメリカがロシア寄りの姿勢を示すことで、ヨーロッパ諸国はあわてふためいている。仮に、トランプとプーチンがウクライナをねじ伏せて「平和」を実現したとしても、そのような平和が長続きする保証はない。ウクライナの次は自分たちが餌食になると、バルト三国やポーランドが警戒することも当然である。さらにEU唯一の核保有国であるフランスが、核兵器による抑止に言及したことで、緊張は一層高まるだろう。国際社会における主権や領土の尊重というルールをすべて捨て去り、力こそすべてという態度をトランプとロシアのプーチン大統領が共有するなら、世界は野蛮に退化する。第2次世界大戦以後、試行錯誤を経ながらも、核軍縮を進めてきた人類の歩みを逆戻りさせたら、21世紀前半に生きる我々は人類史上の大きな罪を犯すことになる。
ヨーロッパの混乱は、日本と韓国にとって対岸の火事ではない。日本では、アメリカと軍事同盟を結ぶことで安全が守られると、ほとんどの政治家、そして国民が信じてきた。3月6日の記者会見で、トランプは次のように述べた。「日本とは興味深い取引がある。それは、我々は日本を守らなくてはならないが、日本は我々を守る必要はないというものだ。これが取引の内容だ。我々は日本を守らなければならない。日本は経済的に我々と取引し、巨額の利益を上げている。これはまた別の話だが。我々は日本を守らなくてはならないが、いかなる状況でも日本は我々を守る必要がない。」(『朝日新聞』電子版3月7日)
トランプがすぐに日米安保体制を解消するとは思えない。今まで暗黙の合意とされてきたことについて、あえて強い言葉で疑問を投げかけ、相手方をパニックに陥れ、最大限の譲歩を引き出そうというのがトランプのやり方である。これから出てくるのは、防衛費のさらなる増額、つまりアメリカ製の高価な兵器をもっとたくさん輸入せよという要求だろう。
アメリカが普遍的な価値をかなぐり捨てて、単なる自己利益追求の手段として同盟国と付き合うという状況に、どう対処すればよいか。もちろん、官僚も学者も答えを持っていない、日本にとって初めての難題である。まず必要なことは、アメリカについていけば大丈夫という思考停止状態から抜け出して、実現可能性は別として、いろいろなシナリオを自分で考えることである。とりあえずできることは、中国との対話を広げ、共通の課題を解決する協力体験を作ることであろう。また、日本一国でアメリカに向き合うことは困難なので、最も近い民主主義国である韓国との連携を強化することは喫緊の課題である。
山口二郎|法政大学法学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr)