イスラエルがシリアにあるイラン大使館を空爆すると、イランはイスラエルに対する報復攻撃を行った。イランの報復を受けイスラエルは再報復をした。イスラエルもイランも相手からの報復によって受けた被害はほとんどない。両国とも報復に関する情報を事前に関連国と共有していた。報復をやりあった後には、両国とも状況を悪化させうる追加の行動はとらない意向であることを明確にした。奇妙な「約束組手」だ。
■報復攻撃の前に周辺国に事前連絡
2024年4月1日午後(現地時間)、シリアの首都ダマスカス駐在の総領事館がイスラエルの空爆によって破壊された後、イラン側は報復を誓った。主権侵害に等しい外交公館への攻撃で軍首脳部ら7人が命を失ったため、そのまま見過ごせる事案ではなかった。イランは4月13日夜から翌日明け方まで、無人機(170機)・巡航ミサイル(30発)・弾道ミサイル(120発)を大量にイスラエルに向けて発射した。4月14日、トルコ、ヨルダン、カタール、イラクなど周辺国の外交当局は、「イラン側が事前に攻撃計画を通知した」と明らかにした。イランのホセイン・アミール・アブドゥラヒヤーン外相も「周辺国とイスラエルの同盟国である米国側に、攻撃の72時間前に事前に計画を伝えた」と述べた。
米国側は「イランの事前通知を受けた事実はない」と反論した。しかしトルコ外務省側は、「仲裁者の立場として、報復攻撃前に米国およびイラン側と連絡を取り、関連の事実も伝えた」と明らかにした。イラン側が外交チャネルを通した「間接伝達」方式を選んだということだ。事前通知を受けたヨルダンは、報復攻撃の際、米国と共同でイランからの飛翔体に対する迎撃作戦に参加した。米国もイスラエルも事前にイランの攻撃を知っていたことを反証する。
イラン革命防衛隊(IRGC)とつながりのある「タスニム通信」は4月18日、航空宇宙軍のアミール・アリ・ハジザデ司令官の話を引用し、「イスラエルに対する攻撃には、旧型兵器だけを用いた。最小限の手段を使ってイスラエルと西側が兵器システムを最大限使うよう圧力をかけた」と報じた。新型ミサイルと高性能の無人機を使用しなかった理由は、波紋が広がることを望まなかったからだろう。特別な被害はなかったが、自国領土を狙った攻撃が行われただけに、イスラエルも対応に乗りださざるをえなかった。ただし、イスラエルも同様に戦争拡大は望んでいなかった。米国もイランに対する報復対応には「絶対に加担しない」と強い圧力をかけた。
このような状況で、「ある種の取引」と推定される動きは他にあった。「匿名のエジプト当局者が、カタールメディア『アルアラビ・アルジャディード』に、イスラエルが推進してきたガザ地区最南端のラファに地上軍を投入する作戦を米国が受け入れたと述べた。イランの前例のないミサイルと無人機による攻撃に対抗する大規模な報復攻撃を行わないことが条件だった」。日刊紙「タイムズ・オブ・イスラエル」は4月18日、このように報じた。さらに同紙は「米国はただちに関連の報道は事実ではないと否定したが、エジプト側はイスラエルのラファ侵攻作戦による後日の混乱に備え始めた」と付け加えた。
■ラファ侵攻を念頭に置いた戦略的判断
イスラエル側は、ラファに駐留するハマスの兵力は少なくとも4個大隊規模になるとみている。特に、ハマス指導部が連れ去ったイスラエルの人質とともにラファに潜伏していると推定している。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が「全面的な勝利のためには、ラファ侵攻作戦は避けられない」と繰り返し主張するのもこのためだ。
問題は、ガザ地区北部と中部に住んでいた住民が、戦争から逃れて南に避難し、ラファだけで避難民が約120万人集まっているという点だ。イスラエル軍が戦車を前面に立て地上軍をラファに突入させた場合、発生しうる人命被害の規模は計り知れない。米国側がこれまでラファ侵攻作戦に強く反対してきたのも、このような理由からだ。
4月19日早朝、イラン中部イスファハーン郊外で爆音と閃光が感知された。イスラエル軍が予告した正面対抗に出たのだ。かつてペルシャ帝国の首都だった古代都市イスファハーンは、小型原子炉3基と核技術センターなどが位置するイランの核開発計画の心臓部だ。ウラン濃縮施設があるナタンツは、イスファハーンから100キロメートルほどしか離れていない。イスラエルがイスファハーンを攻撃したというニュースによって、国際原油価格は急騰し、主要国の株価は暴落した。
肝心のイラン側は淡々とした反応を示した。アミール・アブドゥラヒヤーン外相は攻撃当日、米国NBCのインタビューで、「子どものおもちゃのような小型の無人機が飛び回っただけ」だと述べた。「プレスTV」などのイラン国営メディアは「迎撃システムが稼動し、何の被害も受けなかった」と強調した。イランの報復攻撃の際にイスラエルが示した反応を思い出させる。イラン側は「追加の報復対応はしないだろう」とも明らかにした。ただ、エブラヒム・ライシ大統領は4月23日にパキスタンのラホールを訪問した際、「イスラエルがふたたびイランの領土攻撃という誤った判断をするならば、状況は今とはまったく違うだろう。イスラエル政権には何も残らなくなる」と警告した。
イランとイスラエルが一歩ずつ後退したことで、戦争の危機にまでエスカレートしていた中東情勢はひとまず安定を取り戻した。しかし、両国が互いに攻撃できる能力を相手方に確認させたということから、情勢はいつでも急変する可能性がある。重要な変数はふたたびパレスチナのガザ地区になった。3点に留意してみる必要がある。
1つ目は、国連安全保障理事会が4月18日に会議を開き、「オブザーバー」資格で国連に進出したパレスチナ自治政府の国連加盟問題を表決に送った。韓国を含む12カ国が賛成票を投じ、英国とスイスは棄権した。米国は拒否権を行使した。米国のロバート・ウッド国連次席大使は会議で「パレスチナ自治政府側に、国家樹立のために必要な改革措置をするよう長きにわたり要求してきた。しかし、テロ組織であるハマスが今でもガザ地区で権力と影響力を行使している。それで反対票を投じた」と述べた。
■病院の近くに埋められた遺体は700体近く
2つ目は、イスラエルのガザ地区侵攻から200日目となる4月23日、米上院はウクライナと台湾、そしてイスラエルに対する950億ドル(約15兆円)規模の支援案を圧倒的多数(賛成79票、反対18票)で可決した。イスラエルへの割り当て分は、戦時支援金170億ドル(約2兆7000億円)と、ガザ地区(約20億ドル、約3200億円)を含むその他の戦争地域への人道支援用の予算90億ドル(約1兆4000億円)など、260億ドル(約4兆1000億円)に達する。ジョー・バイデン大統領は翌日午前、ただちに支援案に署名した。
3つ目は、侵攻200日目をむかえ、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は資料を公開し、最近ガザ地区で子どもと女性の死亡者が急増していることに懸念を示した。実際、4月19日にラファのタル・アル・スルタン地域の住居用建物が爆撃され、子ども6人と女性2人を含む9人が命を失った。4月20日には、ラファ東部のタヌール地区に隣接する家屋2軒に爆撃が加えられ、子ども15人と女性5人ら20人が死亡した。同じ日にシャボラ地区で行われた空爆で、子どもと妊娠した女性ら4人が死亡した。フォルカー・トゥルク国連人権高等弁務官は「10分ごとにガザ地区では子どもが1人、死亡したり負傷したりしている。戦争法と交戦順守規則によって保護されなければならない対象であるのにもかかわらず、(子どもと女性に)被害が集中している」と述べた。
特にトゥルク氏は、「ガザ地区南部のハンユニスのナセル病院と北部のガザ市のアル・シファ病院の破壊された姿と、2つの病院の近くで大規模な埋葬地が発見されたということに驚いた」と述べた。ナセル病院近くでは、4月20日から24日までの間に、密かに埋められた遺体310体あまりが発掘された。一部の遺体は裸で手足が縛られた状態だった。イスラエル軍が3月中旬から2週間封鎖作戦を行った後に撤退したアル・シファ病院の近くでも、4月初めに埋められた遺体380体あまりが発掘されたことがある。トゥルク氏は「発見された遺体に対する独立的かつ透明な調査が実施されなければならない」と求めた。トゥルク氏は「犯罪を犯しても処罰を受けない状況が続いているという点を考慮し、多国籍の要員が調査に参加しなければならない。医療施設は国際人道主義法によって特別な保護を受けなければならない。民間人と拘束者、その他の戦闘能力を喪失した人を意図的に殺害することは戦争犯罪だ」と述べた。
さらにトゥルク氏は、イスラエル軍に対し、ラファ侵攻作戦を行ってはならないとも強調した。トゥルク氏は「ラファ侵攻作戦は、国際人道法と国際人権法に重ねて違反する行為だ。死者と負傷者がさらに増えることになり、避難民が大規模に待避しなければならない状況が広がりかねない。追加の戦争犯罪の発生の可能性も高い。このような結果を招くのであれば、関わった当事者は法的責任を逃れることはできないだろう」と述べた。
国連人道問題調整事務所(OCHA)は、4月25日に発表した最新資料で、2023年10月7日から戦争201日目となる4月24日までの間にイスラエル軍の攻撃によって、子ども1万4600人あまりと女性約9600人あまりを含むガザ地区の住民34262人が死亡したと集計した。負傷者は7万7229人に達し、死亡してがれきの山に埋もれていると推定される不明者も7000人あまりにもなる。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は最近、「開戦後からこれまでの間に、ガザ地区にたまった破壊された建物の残骸だけでも約2300万トンに達し、不発弾が随所に散らばっている。これを片づけるだけで数年を要するだろう」と指摘した。
■「ラファ侵攻作戦に必要なすべての準備を終えた」
イスラエル側は、近いうちに地上軍をラファに投入する勢いだ。ウォール・ストリート・ジャーナルは4月22日、「イスラエル軍はラファの民間人の避難計画を用意している。地上軍の作戦は約6週間続く見込み」だと報じた。APは4月24日、衛星写真の解析をもとに「最近、イスラエルの攻勢が集中したハンユニスの近くに、大型のテント村が新たに建設された」と報じた。同日のロイター通信は、イスラエル軍高官の話を引用し、「ラファ侵攻作戦に必要なすべての準備を終えた。政府の承認が下れば、ただちに地上軍の投入作戦を開始できる」と報じた。「地獄の門」がもう一つ開かれている。