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[書評]記憶と歴史は公正か

登録:2020-08-15 11:14 修正:2020-08-16 07:51
『何も消えない:ベトナム戦争の記憶』ヴィエト・タン・ウェン著、プ・ヒリョン訳/トボム刊行(2019)//ハンギョレ新聞社

  ヴィエト・タン・ウェンは1971年にベトナムで生まれた。ウェンの両親は戦争で敗北した南ベトナムの人だったため、サイゴンが陥落した1975年、ボートピープルになって海上をさ迷い、米国に定着した。両親が難民キャンプにいる間、彼は米国人の家庭に預けられ、米国の文化と言語を習得して育った。のちに彼は自分の経験を描いた小説『シンパサイザー』(The Sympathizer)を出版し、2016年にピュリッツァー賞を受賞した。本書『何も消えない:ベトナム戦争の記憶』(Nothing Ever Dies: Vietnam and the Memory of War)の最初の一節で、ウェンは「私はベトナムで生まれたが、米国で育った。私は米国が犯した行動には失望したが、米国の言い訳を信じたがるベトナム人だ」と語る。本書はそのような経験と立場を持つ作家が、戦争と記憶、そしてアイデンティティの問題について、小説では語りつくせなかった話を表現した卓越したエッセイであり、文化批評書だ。

 誰しも消したくても消えない記憶、消せない記憶がある。私たちはそれを傷と呼ぶ。資本主義はこのような傷さえも商品にすることができ、実際に記憶を販売して歴史を利用する総体的な記憶産業が存在する。「記憶の産業化は資本主義社会の一部分として、戦争の産業化と並んで進む」ものであり、「戦争兵器の火力」は「記憶の火力」と一致する。すべての戦争または紛争の敗者は無視され、消され、削除される。米国に敗北を与えたベトナム戦争でさえ、ハリウッド映画、ドラマ、ドキュメンタリーなど「記憶(関連)産業」はこの戦争に正当性を与え、米国が永遠に潔白な国だという想像の記憶を提供する。

 記憶と歴史は公正なのか。「傷を癒す記念碑」という評価を受けたマヤ・リンのベトナム参戦兵士追悼碑には、約5万8000人の戦没者名簿がびっしりと刻まれており、この追悼碑の長さは137メートルに及ぶ。写真家フィリップ・ジョーンズ・グリフィスは「同じ間隔でベトナム人犠牲者の名前が刻まれた同様の追悼碑を建てたならば、おそらく15キロメートルにのぼるだろう」と、この記念碑が沈黙しているもうひとつの犠牲者について語った。朝鮮戦争では300万人の韓国人が死んだが、米国/米国人にとって朝鮮戦争は「忘れられた戦争」だった。これは、朝鮮戦争に対する彼らの記憶が公正ではないという意味でもある。米国、いや、手に血のついた者たち、言い換えれば強者たちは、いかなる戦争も、いかなる殺人も公正に記憶しない。これを公正に記憶しないのは、私たち韓国人も同じだ。

 ウェンはベトナムでの経験を語る。ベトナム1A高速道路で、ホイアンに向かって走りダナンを通過した直後に分かれる脇道には「ハミ虐殺犠牲者慰霊塔」が立っている。この追悼碑は2000年12月、韓国のベトナム参戦戦友福祉会の寄付金で建てられたもので、旧暦1968年1月24日に死んだ、いや殺された135人の名前が刻まれている。この追悼碑で最年長の犠牲者は1880年生まれの女性で、最年少の3人の犠牲者は1968年に死んだとだけ書かれている。もしかすると、生まれることのなかった子どもだったのかも知れない。彼らの名前には「Vō Danh」という文字が刻まれている。無名という意味だ。しかしこの追悼碑は、誰が彼らを殺したのかを語ることはできない。沈黙しているが、何も消えない。

チョン・ソンウォン|「黄海文化」編集長(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/957822.html韓国語原文入力:2020-08-14 13:29
訳C.M

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