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「被害者意識と怒りをあおるポピュリズムは民主主義への脅威」

登録:2025-10-15 09:23 修正:2025-10-15 10:36
アジア未来フォーラム|基調講演者インタビュー 
エヴァ・イルーズ・フランスEHESS学長
23日「民主主義の未来」をテーマに開かれるハンギョレ・アジア未来フォーラムで基調講演を行うため、韓国を訪れる著名な感情社会学者エヴァ・イルーズ・フランスEHES学長を、オム・ギホ青江文化産業大学校教授がEメールでインタビューした=エヴァ・イルーズ氏提供//ハンギョレ新聞社

[編集者注:23日「民主主義の未来」をテーマに開かれるハンギョレ・アジア未来フォーラムで基調講演を行うため韓国を訪れる、世界的な感情社会学者のエヴァ・イルーズ・フランス社会科学高等研究院(EHESS)学長を、青江文化産業大学のオム・ギホ教授がEメールでインタビューした。極右ポピュリズムの浮上と民主主義の危機が大衆の感情レベルでどのように作動し、深まるのかについて聞くためだった。オム教授はイルーズ学長の研究に注目してきた社会学者で、今回のフォーラムで「嫌悪の時代、民主主義を再び問う」というテーマで共に討論する。]

 世界的に極右ポピュリズムが幅を利かせている。米国は現在、世界的な極右の傾向を克明に示している。反移民、反セクシャルマイノリティーおよびミソジニー(女性嫌悪)、そして伝統的価値を掲げ、米国を内戦直前の状態まで追い込んでいる。

 極右ポピュリズムはどのように大衆の心をとらえたのだろうか。エヴァ・イルーズ氏は最新の著書『ポピュリズムの感情(The emotional life of populism・原題)』で、この問題を感情のレベルで分析した。「『本当に重要なもの』は感情の内容ではなく、その強度であり、ポピュリズムは高い強度の感情を共有させ、集団のアイデンティティを最大限に高める」。特にポピュリズムの感情を、嫌悪と怒りのようにすでによく知られた側面だけでなく「愛情」という側面からも分析している。

―感情が人間の政治的生活でなぜ重要なのか。

 「民主主義は人間に対する合理的な観点、すなわち人々が自分の利益を最もよく代弁できる人を選ぶという仮定に基づいている。ところが、私たちが経験している民主主義の危機が非合理的な性格を帯びているという事実を直視しなければならない。感情を通さずには、欠陥のあるイデオロギーがどのように行為者の社会的経験に染み込み、自分の利益に反する行動に導き、その意味を形成するのか理解できない。感情は経験的証拠を否定しながら狭義の私利私欲を圧倒し、動機を誘発する多層的な力を持っている。

 専門家やコンサルタント、広告主、インフルエンサーなどは宣伝(propaganda)を民主主義の政治メッセージの本質的な部分へと作り上げ、平凡な人々の日常的な心配と不安に合わせたナラティブ(叙事)に変形させた。このようなナラティブは意図的に原因と結果を特定の方式で結び付け、非難の対象を指定し、苦難に対する解決策を提示する。こうして作られた物語はただ『真実だと感じられる』だけで良い。このようなナラティブを通じて理解するようになった社会の条件に対する反応が感情だ」

 イルーズ氏は「私たちの感情はしばしば私たちが体験する実際の傷と直接的に関連がなく、ほとんどが想像の中にある」と語る。だからといって感情をナラティブによって純粋に操作されるものと捉えるのは、リベラル派の勘違いだ。その中には確かに合理性がある。「自分よりさらに多く、あるいははるかに多くを持っている人を妬むこと、他の人の特権が不当だと認識されるなら、憤るのは完璧に合理的だ」とイルーズ氏は語る。憎悪と怒りが傷つけられた大衆をポピュリズムへと導く主な感情だと説明する理由だ。

3月1日午後、ソウル光化門の世宗大路で「大韓民国立て直し国民運動本部」主催で尹錫悦大統領弾劾反対集会が開かれている=シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

―怒りとともに恐怖、嫌悪、そして愛を民主主義を脅かすポピュリズムの最も重要な感情に挙げた。

 「政治の舞台で使われる感情は圧倒的でなければならない。恐怖は他のすべての感情の主人である。恐怖をコントロールすれば、政治の舞台をコントロールすることができる。嫌悪も強いものだが、事実上ほとんど反射的な感情に近い。怒りは不当な特権を享受し私たちに害を及ぼしたと認識する集団に対する妬みを含んでいる。集団に対する愛情は、他のすべての感情を取り込み、国家と宗教という内集団(inner group)に対する献身として再編成する感情だ。ほとんどのポピュリズム現象が宗教的民族主義によって推進されるからだ」

 特に怒りについて、イルーズ氏は「集団内の結束を強化する強力な接着剤であり、アイデンティティ・ポリティクスの土台」だと語る。人の感情を極限まで盛り上げる「強度」が重要であって、「内容」を考えることは重要ではない。ポピュリズムは大衆と「コミュニケーション」するのではなく、すでに強度の高い感情の強度をよりいっそう昂らせて「共有」し、アイデンティティを形成する。

―ポピュリズムは対立と分裂をどのように助長するのか。

 「ポピュリズム的感情は、ポピュリズムのイデオロギーから始まる。 このイデオロギーは、国民がエリートに主権を奪われたという基本的な仮定を中心に展開される。したがって、ある集団を『国民』とし、他の集団をエリートと称し、集団間の対立を助長する。同じ国の市民の間に分裂の種をまくように設計されており、集団間の明確な違いに対する認識を動力とする。これは直接・間接的な形の暴力、社会的排斥、検閲、身体的危害を誘発し、政治的競争者を反逆者としていち早く認識させる。

 このすべてのことは、国民が無条件に崇拝し愛すべき国家の真摯さと偉大さに対する想像の中核に訴えることで起きる。このような愛情は、国家に対するナラティブが偉大であると同時に、被害者意識を含んでいる時にさらに(ポピュリズムに)動員される」

 ポピュリズムは同時に大衆が自分を被害者と認識するように感情を高揚させる。特に制度と既存のエリートから排除され無視されたという侮辱の感情が重要だ。これが怒りの土台となる。イルーズ氏は「怒りの政治は経済的搾取、政治的疎外、正当な被害意識から始まった市民的怒りを、隣人と同僚市民」に向かわせ、「民主主義の正義実現能力を弱体化させる」と指摘する。

今年1月19日午前3時に、尹錫悦前大統領の支持者らが乱入したソウル麻浦区孔徳洞のソウル西部地裁の様子=チョン・ヨンイル先任記者//ハンギョレ新聞社

―ポピュリズム指導者たちは被害者の言説と国民の怒りをどのように政治的に活用するのか。

 「感情の重要な特徴は、制度に対する不信から始まる点にある。民主主義を守るべき制度に対して深い疎外感を感じるようになる一方、ポピュリズム指導者たちに強い同一視、ひいては愛情まで抱くようになる。ポピュリズム指導者たちは、自分や自分を代弁する人々が被害者だという言説を展開する。これによって被害者という立場は、政治の舞台で『怒り』と道徳的正当性を同時に与える資産となる。このような点で、怒り(ressentiment)は(政治哲学者の)ウェンディ・ブラウンの言う「傷つけられた愛着(wounded attachment)」の形として、集団アイデンティティはその弱点と保護される必要性を中心に政治的に構成される。

 傷つけられた愛着による恐怖と怒りは、民主主義の進展によって地位の低下を経験する集団で強く表れる。イルーズ氏はこれを「反発政治」と呼ぶ。代表的なのが男性集団だ。世界的に若い男性たちの投票傾向が変わっており、イルーズ氏が指摘するようにポピュリズムのかなりの部分がフェミニズムに対する反発として表れる理由だ。以前は投票で世代の差が明確だったが、現在若年層ではジェンダーの差が鮮明になっている。

―ポピュリズムとフェミニズムに対する反発はどのように結びつくのか。

 「多くの若い男性たちは、世界的な性別による格差が次第に縮まっており、性平等がまだ達成されたわけではないが、大きな進展を遂げたことを見てきた。彼らはまた、性的なゲームのルールが変わり、その新たなルールが自分たちを脅かしていると認識している。#MeToo運動は、以前彼らが自分を男性らしくするものと感じていたことを犯罪へと変えた。これは大きな変化だ。そのため、彼らは伝統的な男性性モデルに戻ることを切望している。

 私たちはこの20年間、ミソジニー的コンテンツを助長する男性対象のメディア『manosphere(マノスフィア)』の登場を目撃した。女性は投票してはならず、レイプされた女性に責任があると主張したアンドリュー・テイトは非常に人気のあるインフルエンサーだ。これにはIncels(インセル)、ピックアップアーティスト、男性人権運動のような現象が含まれる」

 地位が低下する集団が国家とエリートの両方から被害を受けていると感じることが怒りの主な要素であり、これがドナルド・トランプ大統領やベンヤミン・ネタニヤフ首相のような極右ポピュリズム政治家たちが有権者との絆を形成する手段だ。これを通じて、理念ではなく指導者との同一視が生じ、政治がカルト化する現象が表れる。

 ポピュリズム指導者は単なる政治指導者にとどまらず、外国人と移住者によって汚染され損なわれた文化的純粋性を回復しようとする価値観を掲げている。これを通じて、外国人・移住者に対する嫌悪と憎悪は熱烈な愛情による行為と化し、正当化される。これが今のポピュリズムを特徴づける宗教的民族主義だ。

3月9日午後、ソウル龍山区漢南洞の大統領官邸付近でサラン(愛)第一教会の連合礼拝が開かれている=シン・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社

―宗教的民族主義の特徴は何か。

 「(米国の社会学者の)ロジャー・フリードランド(Roger Friedland)によると、宗教的民族主義には4つの要素が含まれている。第一に、領土は神聖な歴史が広がり、依然として生成されている主なアクターだ。第二に、女性の身体を(女性個人から)切り離して規制することにかなりの関心を傾ける。第三に、外国人を排除することにかなりの象徴的重要性を与える。そして第四の要素は、神に対する愛と国家に対する愛を混ぜ合わせることだ。

 彼らはナショナリズムを別の次元へと押し上げる。宗教的民族主義は、土地、民族、歴史に宇宙的意味と目的を与える枠組みを通じて、それらを専有することだ。このような国家に対する愛が軋轢やひいては憎悪の社会的雰囲気と共存するという点を強調することが重要だ」

 極右ポピュリズムが強調する連帯は「同じ集団に属した人々に対する連帯の一つの形」にすぎない。これにはイルーズ氏の言う「現代憲法の道徳的中核である普遍主義的契約」が欠如している。その代表的な事例がイスラエルだ。ユダヤ人同士の連帯はあるが、その境界を越える博愛は存在しないという点においてだ。イルーズ氏は「博愛は異邦人に向けられており、自分の世界の外にいる人を同じ人間としてみなす能力から始まる」とし、「敵から一人の人間を見出せるよう心と目を訓練させることができる」と語る。

 そのために重要なのが政治の役割だ。イルーズ氏はその事例として、1990年にフランスのユダヤ人墓地が残酷に破壊された事件の時、当時フランソワ・ミッテラン大統領がデモに参加したことに触れた。「現職の大統領がデモに参加したのは極めて異例のこと」だったとし、これを「博愛が政党政治を超越するという強力な象徴」だったと話した。政治は党派に基づくものかもしれないが、同時に派閥を超越する普遍的価値を積極的に志向し、支持しなければならない。そうしてこそ、今の民主主義、ひいては政治の危機を乗り越えることができる。

オム・ギホ|社会学者・青江文化産業大学教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1223318.html韓国語原文入力: 2025-10-15 01:06
訳H.J

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