特検は特別検察官の略語です。既存の検察がきちんと捜査・起訴するのが難しい場合、特別検察官に捜査と起訴を任せる制度です。韓国では大統領の側近や検事の犯罪、国民の関心が大きい事件について、国会が法律を制定すれば特検(特別検察官による捜査全般を意味する)を行うことができます。
最初の特検は、金大中(キム・デジュン)大統領時代の1999年に制定された「韓国造幣公社労働組合ストライキ誘導および前検察総長夫人に対する服ロビー疑惑事件真相究明のための特別検察官の任命などに関する法律」により任命されたカン・ウォ二ル特検とチェ・ビョンモ特検でした。カン・ウォニル特検がストライキ誘導事件を担当し、チェ・ビョンモ特検が服ロビー事件を担当しました。「イ・ヨンホ・ゲート」特検(チャ・ジョンイル)もありました。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領時代には、対北朝鮮送金特検(ソン・ドゥファン)、大統領側近不正特検(キム・ジンホン)、サハリン油田開発特検(チョン・デフン)、サムスン裏金特検(チョ・ジュヌン)、BBK株価操作特検(チョン・ホヨン)がありました。
李明博(イ・ミョンバク)大統領時代には、スポンサー検事特検(ミン・ギョンシク)、サイバーテロ特検(パク・テソク)、内谷洞(ネゴクドン)私邸購入特検(イ・グァンボム)がありました。朴槿恵(パク・クネ)大統領時代にはチェ・スンシル特検(パク・ヨンス)がありました。文在寅(ムン・ジェイン)大統領時代にはドゥルキング特検(ホ・イクボム)、セクハラ被害空軍副士官特検(アン・ミヨン)がありました。
特検の歴史からも分かるように、歴代大統領は政権に不利な特検も受け入れたケースが多くありました。国民たちの関心が大きい事件は、どうしても疑惑を解消する必要があったからです。
最初の特検からそうでした。金大中大統領が服ロビー事件とストライキ誘導事件の特検を受け入れたのは、国民たちの「怒り」のためでした。金元大統領は自叙伝にこのように綴りました。
「『服ロビー疑惑』や『ストライキ誘導疑惑』などが国民の怒りを買ったのは、中産階級と庶民の剥奪感と喪失感のためだったことだろう。『私たちはこんなに厳しい状況なのに、高官の夫人たちは我先に高級ブティックで服を作ってもらっているのか。労働者たちは血と涙を流して職場から追い出されているのに、公安機関でストライキを助長するなんて、許せない』。そのような感情が急速に広がっていた」
盧武鉉大統領時代の対北朝鮮送金特検も同様です。盧武鉉大統領は死後に出版された回顧録に、北朝鮮への送金特検に対する率直な考えや前後の事情を詳しく記録しました。
「就任式の翌日、汝矣島(ヨイド:国会)から『不都合な贈り物』が届いた。国会を支配していたハンナラ党が『対北朝鮮送金特検法案』を強行採決し、政府に送ったのだ。2000年6月、金大中大統領が南北首脳会談を行った時、現代グループが4億ドルを密かに北朝鮮に送ったことが問題だった。パク・チウォン大統領秘書室長が産業銀行を通じてその金を送金できるよういろいろな便宜を図った。大統領府の参謀たちと国務委員たちが拒否権行使を建議したが、私は特検法案を受け入れた」
「拒否権を行使すれば、特検は止められたのかもしれない。しかし、検察の捜査までは止められなかった」
「どうせ捜査を阻止できないなら、検察よりは特検の方がましだと判断した。誰が捜査しようが、対北朝鮮送金手続きの違法性を明らかにすることまでにすべきであり、南北関係の根幹を損なうまで拡大してはならないと考えた。膨大な組織と人材を持つ検察に任せれば、捜査が思わぬところに進む可能性が高かった」
「ソン・ドゥファン特検は送金の手続き上の違法性問題だけを正確に捜査した。他のことには手をつけなかったため、南北関係にも大きな打撃はなかった。パク・チウォン室長をはじめ、有罪判決を受けたすべての関係者を、刑が確定してすぐに赦免した。私はこれが最善の選択であり、結果も最も望ましいものだったと思う」
繰り返しになりますが、これまでの大統領は、疑惑が大きすぎて検察の捜査で解消できないと判断したときは、政権に不利な特検も受け入れてきました。李明博元大統領、朴槿恵元大統領、文在寅元大統領もそうでした。
しかし、尹錫悦大統領は全く違いました。尹錫悦大統領は、夫人であるキム・ゴンヒ氏に対する特検と、殉職海兵隊員のC上等兵に対する特検に、拒否権を行使し続けました。大統領が検察総長出身で、検察の要職に「尹錫悦師団」が布陣していたため、検察の捜査では疑惑を解消できない可能性が高かったにもかかわらず、そうしたのです。
実に理解しがたい精神世界です。2024年の総選挙後に「朝鮮日報」のヤン・サンフン主筆までもが特検受け入れを求めるコラムを書いたほどですから。その見出しは「『C(上等兵)・キム(ゴンヒ)特検受け入れの決断』は夢想か」でした。
尹錫悦大統領がキム・ゴンヒ特検、C上等兵特検を最後まで拒否した理由は、夫人のキム・ゴンヒ女史と自身の犯罪があまりにも明らかだったからでしょう。特検が捜査して真実を突き止めれば、キム・ゴンヒ女史が拘束され、自分も退任後、収監されると考えたのでしょう。それを恐れたのです。
尹錫悦大統領が「12・3非常戒厳」に踏み切った理由も、まさにキム・ゴンヒ特検、C上等兵特検のためでしょう。戒厳の名目に掲げた国会の弾劾訴追と予算削減、北朝鮮追従・反国家勢力の清算、自由憲政秩序の守護、不正選挙などは言い訳に過ぎません。本当の理由は、キム・ゴンヒ女史と自分が刑務所に行くのを阻止するためだったのでしょう。
だからこそ、国会が6月5日に内乱特検、キム・ゴンヒ特検、C上等兵特検を一気に議決したのは、言葉通り「事必帰正」(物事は必ず正しい道に帰る)です。これまで、尹錫悦大統領の拒否権行使のために導入できなかった特検を、一気に導入するしかなかったのです。
理解しがたいのは、いまは野党となった「国民の力」の態度です。国民の力の議員らは本会議の表決直前の議員総会で、特検反対という党の方針を変更するかどうかを採決に付しましたが、党の方針の変更に必要な3分の2以上の賛成を得ることができず、反対という党の方針をそのまま維持したそうです。自由に投票すればよかったものを、なぜそうしたのでしょうか。この上なくみっともない姿です。
検事出身で尹錫悦大統領の法律秘書官を務めたチュ・ジヌ議員(釜山海雲台甲)は、国会本会議の反対討論で、このように述べました。
「国民的疑惑は当然、法と原則に則って捜査しなければならない。しかし、憲政史上これまで13件の特検があったが、今日のように与党が発議した特検は1件もなかった。なぜなら、特検は権力者をまともに捜査できない可能性があるとして作った制度でだからだ。民主党が野党の時は、大統領が人事権を持つ検察を信じられないと言えたのかもしれない。 しかし、今は李在明(イ・ジェミョン)大統領に人事権があるのに、なぜ血税を投じて特検を行わなければならないのか」
チュ・ジヌ議員の発言は詭弁です。国民の力は与党時代、特検に反対し続けました。さらには大統領が拒否権を行使した後、国会で再議決を行う時も反対票を投じ、特検の導入を阻みました。それなのに、今さら「特検は野党が発議するもの」だと強弁しています。
李在明大統領に検察の人事権があるため、特検が必要ないという論理も荒唐無稽です。これから検察は李在明大統領の言うとおりに捜査するという意味でしょうか。呆れて物も言えません。
国民の力所属の議員の離脱票が出たのは、おそらくそのためでしょう。C上等兵特検法にはキム・ソヒ、キム・イェジ、キム・ジェソプ、ペ・ヒョンジン、アン・チョルス、ハン・ジア議員が賛成しました。内乱特検法にはキム・イェジ、キム・ジェソプ、アン・チョルス、チョ・ギョンテ、ハン・ジア議員が賛成しました。キム・ゴンヒ特検法にはキム・イェジ、キム・ジェソプ、ペ・ヒョンジン、アン・チョルス、チョ・ギョンテ、ハン・ジア議員が賛成しました。
3つの特検法にいずれも賛成票を投じたキム・ジェソプ議員は理由をこう説明しました。
「今回の早期大統領選挙で、国民はわが党に少なくとも尹錫悦前大統領と絶縁することを求めたと思う」
キム・イェジ議員は次のように述べました。
「弾劾で大統領が憲法に違反したという結果が出た。捜査すべきだと思う。キム・ゴンヒ、C上等兵特検も、私は一貫した立場を示してきた。一部の条項に問題があるが、もう何度目なのか。法理的なことまで理解し、勉強する時間的余裕、心の余裕が国民にはない」
いかがでしょうか。 二人の論理の方がはるかに明快ではありませんか。
3つの特検法に対するメディアの評価はほとんどが「避けては通れない」というものです。「朝鮮日報」だけが違いました。6日付に「政権党がなぜ捜査機関を差し置いてあえて特検を行うのか」という見出しの社説を書きました。チュ・ジヌ議員の詭弁と同じ主張です。
「東亜日報」は「3大特検が国会で可決…透明な捜査だけが消耗するばかりの対立を減らす」という見出しの社説を載せました。「韓国日報」は7日付に「未曾有の3特検同時稼動…原因を提供した検察の自省を」という見出しの社説を掲載しました。これが正常な見方です。
まとめます。李在明大統領は今週の国務会議で3つの特検法を公布するでしょう。与党「共に民主党」と野党「祖国革新党」が特検候補を推薦すれば、李在明大統領が特検を任命するでしょう。今後数カ月間にわたり、尹錫悦、キム・ゴンヒ夫妻に対する大々的な特検捜査が進められるでしょう。
どうしようもないことです。尹錫悦大統領の在任時に先延ばしにしてきた宿題を一気に終わらせるわけですから。生まれてはいけなかった「尹錫悦政権」、「検察政権」を乗り越え、未来に向かうための「通過儀礼」であり「シッキムグッ」(お祓いの儀式)です。特検が徹底的かつ速やかな真相究明と責任者処罰で歴史の召命にきちんと応えることを望みます。皆さんはどうお考えですか。