2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻が始まった時、日本のジャーナリストの平野高志さんは「ウクライナから出国するか、残るか」の岐路に立った。何としてでも国を守るというウクライナの人々を見て、自分も残り、取材を通して知らせることを決心した。この3年間戦争を経験した平野さんは、昨年11月、日本で「キーウで見たロシア・ウクライナ戦争ー戦争のある日常を生きる」という本も出した。
平野さんはもう16年以上ウクライナに住んでいる。地理の教師である両親の本で、はじめて聞くウクライナという国を見つけて関心を持つようになり、大学でウクライナ語を学んだ。2008年に日本語講師としてウクライナに行き、日本大使館で専門調査員としても働いた。2018年からウクライナ国営通信「ウクルインフォルム(Ukrinform)」の日本語版編集者を務めている。
17日午後、しばしソウルを訪れた平野さんとソウル市鍾路(チョンノ)のカフェで会った。戦争の中のウクライナの日常、北朝鮮軍の参戦、終戦の可能性などを尋ねる質問にじっくり考えながら話す様子から、ウクライナに対する深い愛情が感じられた。平野さんは「大国の被害国だった韓国はウクライナの人々の境遇にもっと共感できるのでは」と願った。
-なぜ戦争の中でもウクライナを離れないのか。
「ロシアの侵攻が始まった日、ウクライナの友人たちと会って話を交わした。みんな絶対に(国から)出ないと言った。私は外国人だから出る選択肢もあったが、とどまることをその時決めた。もちろん戦争は怖かったが、友人、職場、同僚まで、私の人生の全てがそこにある。私はジャーナリストだから、ここで戦争を知らせなければならないと決心した。戦争が始まった2022年2月24日は午前5時から翌午前2時まで休まずにニュースを書き続けた。侵攻初日からキーウにロシアの工作員が入ってきて装甲車を奪取することもあった。死に対する恐怖は、最初の日が一番大きかった」
-直に経験した今回の戦争についての本も出した。その本で伝えたかった話は。
「ウクライナの人々がどんな生活を送っているかについて書いた。前線で戦っている人もいるが、99%は戦闘がない地域で生活を続けている。心の中は非常に複雑で不安だが、空襲警報の中でも人々は日常を生きている。デートをしたり、カフェに行ったり、映画館に行ったりする。だが、明日や一週間後の予定を立てることはできても、1年後、3年後はどうなっているか、未来を考えることができない。ウクライナで子どもを生んで育てることができるのか、どこかに引っ越しをしても何年後かにそこにロシア軍人がくるのではないか、わからない。友だちが突然戦争に出て戦死することもある。見た目は同じでも違う日常、そんな不安と複雑な中で生きていく日常を伝えたかった」
-ウクライナは領土の20%を奪われた状態だが、米国のトランプ大統領は就任後にウクライナに対する支援を断ち、短時間で終戦させると言っている。これに対してウクライナの人々はどう感じているのか。
「戦争で生活が苦しくなった人々が増え、もうこれ以上は耐えられないから何とか戦争が終わってほしいという人が増えているのは事実。だが、いま終戦してもロシアが軍備を再編してまた侵略してくるかもしれないと心配する人も多い。ロシアはそもそもウクライナを滅ぼすか完全にコントロールするという目的で侵攻したのだから、人と兵器と莫大な金をこれだけかけてウクライナの領土のほんの一部を占領しただけでは退かないと思う。最近、10人のウクライナの軍人ともこれについて話を聞いた。塹壕の中にいる人と連絡を取り合ったり、足が切断されて病院にいる兵士とも話した。そのうち8人は、終戦は意味がないと言った。2人は、戦争が終わってほしいが結局はロシアが利益を得るだけだろうと言った。世論調査を見ると、2022年と2023年には領土も安全保障も譲歩できないという意見が大多数だったが、いまは、領土は譲歩できるがロシアの次の侵攻を止めるための安全保障は譲歩できないという方向に変わっている。この場合も、その領土は今後外交の力を使って取り戻すという意味(での譲歩)であって、ロシアの領土にしてもよいという意味ではない」
-韓国人にとって最近のウクライナ戦争と関連して最も大きな関心事は北朝鮮軍の派遣だ。北朝鮮軍兵士に対してウクライナ人はどう考えているのか。
「北朝鮮兵がクルスクでロシア軍の歩兵の役割で前線に投入され、3000~4000人くらいの死傷者が出たと聞いている。北朝鮮軍の参戦に対してウクライナの人たちは、北朝鮮が兵器を提供した上に兵士まで送り、さらに派兵もする可能性があるので、この戦争がもっと複雑になり苦しくなるだろうと恐れている。ただ北朝鮮兵が前線に投入されたからといってこれまではクルスクの戦況が特に悪くなったわけではなかったが、北朝鮮の軍人が戦闘を経験しながらいろいろな戦争のノウハウを身に付け、戦闘技術を高め、北朝鮮軍がだんだん強くなることへの心配がある。特にドローンのような現代戦の最新技術を習得していけば、結局は韓国や日本をはじめ東アジアの安全保障にも深刻な影響を与えると思う」
-この3年の戦争を経験しながら一番印象的だった部分は。
「最も印象的なのはウクライナの人だ。500万人以上が国外に避難したが、数千万人もの人が残って国を守るために何かをしなければならないと思って暮らしている。軍に志願入隊した人もいるし、ジャーナリストは一生懸命ニュースを書き、ボランティアに取りくむ人もたくさんいる。戦争から3年近く経った今も、多くの人が諦めずに努力し続けていることに何よりも感動を受けた。新しい人と知り合いになると、戦争が始まった日にお互い何をしていたかから話を始めることがよくある。泣き出して何もできなかったと語る人もいれば、すぐに入隊しようと連絡をしたという20代の女性もいた。多くの人々が恐怖の中でもウクライナに残ってできることを探し、共通体験が作られた。自分が住んでいる町やウクライナがもっと好きになったという話をよくする。私は外国人だけど、そんな気持ちを共有できているし、今はキーウが世界で一番素晴らしい町だと思う。戦争が起こった時もウクライナに残ってよかったと思っている」
-戦争の中で希望を感じたりもするのか。
「戦争が始まった時は、ウクライナが本当になくなるかもしれないという絶望を感じた。それでも、ウクライナの人たちが何とかして国を守ろうと努力する姿を見たのが最初の希望だった。加えて、世界の国々がウクライナを支援したことがより大きな希望になった。特に、日本と韓国の支援はウクライナにとって米国と欧州の支援とはまた違った意味を持っている。そのように遠い国々が関心を持って支援しているということが非常に大きな希望になった」
平野さんはウクライナ戦争を経験して大国と国際秩序について深く悩むようになり、大国に囲まれて生きてきた韓国人たちがウクライナ戦争をどう思うのかとても気になったという。話を交わした韓国の人たちがウクライナに非常に冷淡だと感じた語った。筆者は平野さんに、韓国とウクライナはいずれも大国の間で苦しんだ国という認識が韓国人にもあるが、韓国は分断と北朝鮮の核問題など安全保障問題を考慮すると、ロシアと完全に対立するのは難しい点があると説明した。また、ウクライナに対する殺傷兵器の支援まで主張した尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が非常戒厳を宣布して内乱を試み、世論がさらに冷淡になった側面もあるとも伝えた。
これを聞いた平野さんは、「韓国の国内政治についてはよくわからないので、韓国がウクライナにどのような支援をするかは全面的に韓国の人たちが決める問題」だとしつつも、ウクライナと韓国の人たちの気持ちの共感を期待すると話した。「大国の間に挟まれたウクライナと韓国は地政学的に似ている。かつて日本は韓国を植民地にし、ウクライナもドイツやロシアという大国の間でどう生き延びるか苦しんできた。いまロシアがウクライナにしていることは、かつて大日本帝国時代に日本がしていたことと同じことだ。日本では時々、ロシア人とウクライナ人が仲良く手を結んで戦争が終わればいいと言う人もいるが、それは非常にグロテスクだと感じる。侵略されて多くの人々が命を奪われ、拷問され強姦され拉致された。そのようなことがきちんと裁かれて戦争が正しく終わってこそ共存という言葉も言える。過去、日本は侵略の加害者であって、犠牲者の経験がないからか、日本にはウクライナの人々の気持ちを正しく理解していない人がいると思う。韓国は被害者の経験があるからこそウクライナの人々の気持ちにもっと共感できるのではないか」