今月14日、北朝鮮が極超音速弾道ミサイルを発射したことを受け、「北朝鮮の極超音速ミサイル、1分でソウルの空を突き破る」という内容の「平壌からソウルまで1分」の記事が相次いだ。記事の内容は、極超音速ミサイルは音速より5倍速いマッハ5(時速6120キロメートル)以上で飛ぶ▽時速マッハ5だと、平壌(ピョンヤン)からソウルまで1分で着く▽早すぎて迎撃が事実上不可能だといったものだった。
マッハ1は音速(秒速340メートル)の速度だ。マッハ1~5までは超音速に、マッハ5からは極超音速に分類される。マッハ5以上なら平壌からソウル(直線距離195キロメートル)上空まで1~2分で到達できる。
しかし「このミサイルで韓国のミサイル体系が無力化される」と断定することはできない。
極超音速ミサイルは、同じ射程距離の一般的な弾道ミサイルと速度、飛行時間が類似している。極超音ミサイルが一般的なミサイルよりさらに速い速度の極超音速で飛行するため、従来の防空体系では対応しにくいという主張は事実と異なる。
たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の速度はマッハ20前後だ。 短距離ミサイルもマッハ4~7の間の速度でほとんどがマッハ5を越える。韓国軍の「玄武」シリーズの弾道ミサイルの速度もマッハ5をはるかに超える。速度だけをみると、ほとんどの弾道ミサイルが極超音速ミサイルだ。
そのため、弾道ミサイルは速度ではなく短距離ミサイル(SRBM・300~1000キロメートル)、準中距離ミサイル(MRBM・1000~3000キロメートル)、中距離ミサイル(IRBM・3000~5500キロメートル)、大陸間弾道弾(ICBM・5500キロメートル以上)など、飛行距離を基準に分類する。
極超音速ミサイルを規定する概念の中で最も重要な特性は、極超音速という速度ではなく、発射後の下降局面で低い高度で無動力滑降する性質だ。極超音速ミサイルは、従来の弾道ミサイルと巡航ミサイルの長所を兼ね備えている。
ロケットランチャーを使用する弾道ミサイルは速度が速いうえ、破壊力の強い重い弾頭を持つ。水辺で投げた石のように、弾道ミサイルは発射-上昇段階-中間段階-下降段階という放物線の軌跡を描く。
弾道ミサイルの飛行軌跡を発射初期に探知して追跡すれば、弾着点と発射点を予測できる。弾着点の予測は、相手のミサイルを撃墜する最適の交戦砲台(迎撃ミサイル)を割り当てるのに必要であり、発射点の予測はミサイル発射の原点を識別して打撃するのに必要だ。
一方、ジェットエンジンを使用する巡航ミサイルは、航空機のように低高度で飛行し、敵のレーダーに捉えられることなく、指揮部や軍事施設などの主要標的を精密打撃することができる。しかし、多くは音速以下で速度が遅いのが短所だ。肉眼でも観測が可能であるため、敵軍の対空火器、戦闘機による迎撃には脆弱だ。有名な米国のトマホークミサイルは時速880キロメートル。一般航空機の飛行速度が時速700~800キロメートルだ。巡航ミサイルは飛行距離を基準に分類する弾道ミサイルと違って、速度を基準に分類する。マッハ1を基準に、これを少し下回る場合は亜音速巡航ミサイル(例えばトマホーク)▽マッハ1を超えれば、超音速巡航ミサイル△マッハ5を超えれば、極超音速巡航ミサイルだ。超音速、極超音速と速度が速くなるほど迎撃が難しい。
極超音速ミサイルは、弾道ミサイルのようにロケットランチャーに搭載して発射される極超音速滑降飛翔体(HGV)と、空気吸入式のエンジンを使って巡航する極超音速巡航ミサイル(HCM)に分けられる。極超音速巡航ミサイルの方がより複雑な技術が必要だ。
今月14日に北朝鮮が発射したのは、極超音速滑降飛翔体に当たる極超音速弾道ミサイルだ。このミサイルは上昇して大気圏の外に出てから、大気圏に再突入した後、グライダーのように滑るように飛行する際にマッハ5以上が出てこそ脅威になる。北朝鮮は極超音速巡航ミサイルを作る技術がないため、ひとまず極超音速弾道ミサイルから発射し、技術を発展させていくことを目指している。
北朝鮮の極超音速弾道ミサイルは、弾道ミサイルのようなロケットランチャーに搭載されて発射された。北朝鮮のミサイルが弾道ミサイルであるにもかかわらず、韓国国内のマスコミの報道が平壌からソウルまで「1分」に関心が集まったのは、マッハ5という速度に埋没し、速度を重視する巡航ミサイルの基準を適用したためだ。
極超音速弾道ミサイルの飛行概念は4段階で構成されている。第1段階の弾道飛行段階はロケットランチャーから分離された滑降体が上昇下降し、▽第2段階のプルアップ段階は大気圏上層で下降速度を遅らせ、安定した滑降段階に進入し、▽第3段階では目標まで滑降し、▽第4段階は滑降体が目標に向かって落下する終末段階だ。極超音速弾道ミサイルの最も重要な特性は、2~4段階の大気圏において無動力でグライダーのように滑るように上下左右に飛行することだ。
極超音速ミサイルの核心となるのは変則的な機動性だ。極超音速弾道ミサイルは発射後、弾道ミサイルのように上昇し、高点に達したら下降して大気圏に突入するが、この際、従来の弾道ミサイルと違って巡航ミサイルのように低い高度で随時高度と方向を変えて飛んでいく。この状況でもスピードをマッハ5以上に維持するため、相手が対応するのが非常に難しい。このため米国戦略司令部のジョン・ハイテン司令官は2018年3月、米議会軍事委員会で「極超音速兵器を防御できるいかなる手段もない」と述べた。極超音速ミサイルが戦場の構図を変える「ゲームチェンジャー」と呼ばれるのもそのためだ。
それでは、北朝鮮が極超音速弾道ミサイルを戦力化した場合、韓国のミサイル防衛網などの防空システムはお手上げ状態になるだろうか。そうではなさそうだ。極超音速ミサイルは、従来の防空システムでは対応しにくいが、完全に対応が不可能なわけではない。
極超音速弾道ミサイルの第1段階である弾道飛行段階の飛行軌跡は、弾道ミサイルと似ている。極超音速弾道ミサイルの飛行距離が1000キロメートルの場合、第1段階は600キロメートルほどだ。国内の高台に配置されたグリーンファインレーダー(探知距離800キロメートル余り・地上に設置する弾道弾早期警報レーダー)と海軍イージス駆逐艦のSPY-1レーダー、空軍空中早期警戒管制機E-737レーダーで探知が可能だ。極超音速弾道ミサイルの初期上昇段階は、一般的な弾道ミサイルと探知するまでの時間が似ている。大気圏を滑降する極超音速ミサイルは空力加熱(物体が空気とぶつかりながら粒子に変わり熱を発する)で表面に1000~2000度の高熱が発生するため、赤外線探知システムを使えば探知できる。
また、極超音弾道ミサイルは、第4段階の終末段階に入ると高度が低くなり、多くの抗力が発生し速力が減少する。このため、極超音速ミサイルも一般的な弾道ミサイルと同様の速度で目標物に向かって落下するため、適切な交戦条件を整えれば迎撃は不可能ではない。極超音速ミサイルは、一般の弾道ミサイルと比べてはるかに速いわけではなく、大気圏で長く動くほど速力が落ちるため、ミサイル防衛システムで対応する可能性が残っているわけだ。
一部の人々は韓国が北朝鮮の核ミサイルの脅威に対抗する「キルチェーン」の無力化を懸念している。キルチェーンは北朝鮮の核・ミサイル関連指揮・発射・支援体系、移動式発射台(TEL)など、主な標的を迅速・正確に探知し、これらを使用する兆候が明らかな場合、発射前に除去する攻撃体系だ。すなわち北朝鮮がミサイルを発射する直前に発射予想地点を先に攻撃し、事前に破壊することを目指すものであり、極超音速ミサイルや一般的な弾道ミサイルなどいずれも対応するのに大きな違いはない。
韓国国防研究院のチョ・ホンイル研究委員は、2022年8月に発表した論文でこのように提案した。
「一部で言うように極超音速滑降体を軍事的に対応する方法がない『無敵』の兵器体系と捉える観点から脱却し、技術的に進化した弾道ミサイルの一つとみなすなど、認識を改める必要がある。極超音速滑降体に対する合理的な軍事的対応概念を導き出し、適切な対応能力を発展させるためには、このような認識の転換がまずなされなければならない」
*参考引用文献
「北朝鮮の極超音速ミサイル開発の見通しと対応策」(シン・スンギ韓国国防研究院研究委員)
「極超音速滑降体の特性と軍事的含意-朝鮮半島内で活用される場合を中心に」(チョ・ホンイル韓国国防研究院研究委員)