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「南朝鮮の領土を平定」…最悪の水準で完成した南北の「恐怖のバランス」

登録:2024-01-07 23:19 修正:2024-01-08 08:32
[ハンギョレS]ソ・ジェジョンの一つの半島、一つの世界 
2024年の南北関係 

南北・朝米首脳会談の失敗後 
制裁突破し経済成長に自信 
韓米同盟の「先制攻撃」追求に対応 
「核攻撃? まさか」杞憂ではない
北朝鮮が先月26日から31日にかけて開催した年末の労働党中央委員会全員会議の様子/朝鮮中央通信・聯合ニュース

 「北朝鮮」はなぜあのような姿勢を取っているのだろうか。すでに数々の兆しがあったが、昨年末に飛び出した金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の発言は、まさに「核爆弾」級だった。12月末に開会した労働党中央委員会全員会議の拡大会議で、金委員長は南北関係について「二つの交戦国の関係として完全に固まった」と述べたのに続き、「南朝鮮の領土を平定する」とまで宣言した。韓国を和解と統一の相手と考えてきたことを「錯誤」と規定しつつ、南北関係は同族関係ではないと否定してもいる。

 今や北朝鮮は南北関係に対する期待を完全に捨ててしまったのだろうか。朝鮮半島はもはや「民族分断」ではなく「二つの国家」が戦争を繰り広げる状態へと転換してしまうのだろうか。徐々に高まりつつある朝鮮半島危機の本質はどのようなものなのだろうか。そして解決策はあるのだろうか。

北朝鮮、制裁中にも着実に穀物増産

 大半の国内メディアは金正恩の発言の対米関係と対南関係の部分に注目したが、彼の中央委員会報告のかなりの部分は、実は経済部門に重点が置かれていた。そして、その内容は経済計画の目標を100%以上達成したという指標で埋められており、第8回党大会で提示した経済発展計画を達成するという意志で満ちていた。第7回党大会で掲げた「国家経済発展5カ年戦略(2016~2020)」に対しては、「目標が非常に不十分で人民生活の向上において明確な進展が達成でき」なかったと評価していたことととは対照的だ。

 北朝鮮は2021年1月の朝鮮労働党第8回大会で、経済発展5カ年計画(2021~2025)を採択している。南北首脳会談と朝米首脳会談が経済部門の目に見える成果につながらず決裂した後のことだった。むしろ強まる経済制裁で韓国および西欧圏との経済交流は不可能な状況に陥っていたし、新型コロナウイルスに触発された保健危機を理由として2020年1月に自ら国境を閉鎖してもいた。そのような中で発表された5カ年計画は、対外交流と支援に一切依存せず、自力で経済を再建するという宣言だった。

 それから3年が過ぎた現在、北朝鮮は国内総生産(GDP)が2020年の1.4倍に成長したと発表している。この数値が事実なら、この3年間は年平均12%の経済成長率を維持したということだ。もちろん、このような数値は現在のところ、外部での検証が不可能だ。北朝鮮はGDPの1.4倍成長を主張しつつも、工作機械が5.1倍に成長したなど、公開しているのは一部の部門の数値のみだからだ。もちろん、窒素肥料の生産量が1.4倍に成長したなど、公開されている部門の数値も現在のところ確認する方法はない。

 しかし、動員しうる外部資料はある。国連食糧農業機関(FAO)と世界食糧計画(WFP)が1990年代末からほぼ毎年発表してきた、北朝鮮の穀物および食糧に関する報告書がその一つだ。同報告書にも限界はあるが、無視できないすう勢が確認できる。1990年代末の北朝鮮の食糧生産量は年間310万トンほどだったが、2010年までの10年間の年平均生産量は480万トン、2021年までの10年間は570万トンだ。言い換えれば、北朝鮮は21世紀以降は10年たつごとに穀物生産量を100万トン増やしていたのだ。

 南北関係が完全に途絶えて肥料が入らなくなって久しく、国境を閉ざしたため中国からも原材料が入っていなかった2021年、そしてそれ以降も、穀物生産を増やせた原動力は何だったのだろうか。その根底には、1990年代末から静かだが着実に進められてきた農法改革と産業改革がある。原料と燃料、生産施設のすべてで科学的な「主体化」を推進したことが、それなりの成果をあげた。そう考えなければ説明がつかない。

 2019年のドナルド・トランプとの首脳会談で、経済制裁の一部だけでも解除してほしいという「屈辱的要請」さえ断られたことで、北朝鮮は完全に国の戦略路線を修正した。もはや制裁の解除にこだわることはやめ、韓国はもちろん中国やロシアにも依存しない自立経済を構築するというものだった。今やその成果が目に見えはじめているのだ。

「交戦国・武力衝突の既成事実化」

 経済は国境を閉ざしていても開発できるが、安保の脅威は閉ざされた国境の向こうからもやってくる。国境の閉鎖で安全を保障することは不可能だ。米国、韓国、日本の動きから目をそらすわけにはいかないし、対応せざるを得ない。軍事力において絶対的優位にある韓米同盟を相手にしなければならず、今や韓米日3カ国同盟の可能性を念頭に置かなければならない。さらに韓米日の3国は、ミサイル防衛を強化すると同時に先制攻撃能力を培っている。TDS(Tailored Deterrence Strategy)によって政権の除去を目標としていることも危機意識を高めている。

 これまで北朝鮮は、核兵器とミサイルを用いた核抑止戦略で韓米同盟の抑止戦略に対応してきた。抑止に抑止で対応して「恐怖のバランス」をとれば、どちらも相手を攻撃できない状態になりうるということだ。韓米同盟が先制攻撃能力を追求していることに対し、北朝鮮は核兵器の先制使用ドクトリンを公開した。2023年、朝鮮半島は韓米と北朝鮮が互いに相手を先制的に打撃しうる能力を持ち、それをいつでも実行できると脅しあう状況にあった。

 しかし、このような「恐怖のバランス」には致命的な弱点があった。米国はいつでも北朝鮮を攻撃できるが、北朝鮮は果たして韓国に向かって核兵器を使用できるのか。米国と北朝鮮は交戦国だから、いついかなる兵器で攻撃してもおかしくない。しかし、韓国が米国の軍事戦略と一体化し、北朝鮮の核基地や戦略本部を先制攻撃したら、北朝鮮は同じ民族を核兵器で攻撃できるのか。対話と協力の相手であり、究極的には平和統一の相手である大韓民国を核兵器で破壊すること、そしてそれを実行すると脅すことは正当化できるのか。これまで対話と協力をおこなってきた韓国政府と民間機関に何と言うのか。

 この問いに明確な答えを出さない限り、北朝鮮の核ドクトリンには巨大な穴が残ることになる。これこそ、昨年末に金委員長が労働党中央委員会で「北南関係はもはや同族関係、同質関係ではなく、敵対的な戦争中の二つの交戦国の関係として完全に固まった」と宣言したことの核心の理由だ。そして軍の主な指揮官を招集して「武力衝突を既成事実化せよ」と述べ、完璧な軍事的対応態勢を注文することで、韓国全土に対する攻撃をためらわないと表明したのだ。

 まさか北朝鮮が韓国に核兵器を使用するわけがないのでは?という問いは、もはや居場所を失った。よって、朝鮮半島の「恐怖のバランス」は最悪の水準で完成した。北朝鮮は中国やロシアの支援や圧力を気にすることなく独自に行動するとともに、米国はもとより韓国に対する核による威嚇も、最も強い水準へと引き上げた。

 にもかかわらず、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は、元日の新年の辞でも、「今年上半期までに韓米拡大抑止体制の増強を完成させ、北朝鮮の核ミサイルの脅威を根元から封鎖する」と述べ、「力による真の恒久的平和」をまたしても強調した。抑止の増強は「恐怖のバランス」をさらに恐ろしいものにするだけだ。

ソ・ジェジョン|国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科教授

シカゴ大学物理学科卒業。ペンシルベニア大学で国際関係の博士号を取得。現在、日本の国際基督教大学で教授を務める。朝鮮半島と国際関係に関する著書、論文多数。 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/1123234.html韓国語原文入力:2024-01-06 10:00
訳D.K

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