尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領はいつも想像以上のものを見せてくれる特異な大統領です。先週も、最も熱い政治ニュースを生産したのは尹大統領でした。
尹大統領は6月28日の自由総連盟の創立記念式で、文在寅(ムン・ジェイン)前大統領と共に民主党政権を「反国家勢力」と非難しました。そして翌29日の内閣改造で、「金正恩(キム・ジョンウン)政権打倒」を公然と主張してきた誠信女子大学のキム・ヨンホ教授を統一部長官候補に指名しました。
2つの事件は密接につながっています。尹大統領の価値観と政策路線が極右へと旋回しつつあるという確実な証拠だからです。今や尹大統領のことを「イルベ(韓国のネット右翼が集うサイト)大統領」と呼んでもまったく不自然ではないと思います。大げさすぎますか?
前政権の検察総長と反国家勢力
尹大統領が自由総連盟の行事で正確に何と言ったのか、まずは検討してみる必要があります。できれば全文を探し出して読んでみてください。ここでは、内容が深刻な2つの部分だけをご紹介します。
「組織的かつ持続的に虚偽の扇動、ねつ造、そしてフェイクニュースと怪談で自由大韓民国を揺さぶり、脅かし、国家アイデンティティーを否定する勢力が多すぎます。また、金と出世のために彼らと一緒になって反国家的に振る舞う人も多すぎます」
「歪曲された歴史意識、無責任な国家観を持つ反国家勢力は、核武装を高度化する北朝鮮共産集団に対する国連安保理制裁を解除してほしいと哀訴し、国連軍司令部を解体する終戦宣言を歌って歩いていました。北朝鮮が再び侵略してきた時に国連軍司令部とその戦力が自動的に作動することを防ぐための終戦宣言合唱であり、私たちを侵略しようとしている敵の善意を信じなければならないという荒唐無稽な偽の平和主張でした」
今回の発言が「大事故」であるのは、文在寅前大統領と民主党政権を丸ごと反国家勢力と呼んだからです。尹大統領は過去にも何度もイデオロギー的レッテル貼りで民主党を攻撃しましたが、文前大統領と民主党全体を反国家勢力と言ってはいませんでした。国民の力の大統領候補だった2021年12月29日の、慶尚北道党選対委の発足式での発言が代表的な例です。
「左翼革命理念、そして北朝鮮の主思理論、そのようなものを学んで民主化運動の隊列に加わって、まるで民主化闘士であるかのように、これまで仲間うちで助け合いながら生きてきた集団が、今回の文在寅政権発足後、国家と国民を略奪しています」
違いがお分りでしょうか。以前はそれでも「民主化運動の隊列に加わって生きてきた左翼勢力」を分けて非難していましたが、今回は文前大統領と民主党全体を反国家勢力だと攻撃したのです。
尹大統領は文前大統領に任命された検察総長でした。文前大統領と民主党政権が反国家勢力なら、尹大統領自身も当時の反国家勢力の主要構成員だと言わざるを得ません。
だからでしょうか。尹大統領の反国家勢力発言について、国民の力の示した最初の反応は、とりあえずの収拾を意図したものでした。
ハ・テギョン議員は29日朝、CBSラジオ「キム・ヒョンジョンのニュースショー」のインタビューで、「大統領が語る反国家勢力というこの強い発言は国家安保に対する心配であって、前政権をスパイ勢力とみているわけではないということを明確にしていただければ」と述べました。
国民の力の幹部も記者団との非公開懇談会で「昨日の大統領の反国家勢力発言は、自由総連盟という団体は自由大韓民国を守ろうとして作られた団体だから、聴衆を考慮した発言だったと思う」と釈明しました。
しかし、国民の力のキム・ギヒョン代表は全く異なる反応を示しました。第2延坪(ヨンピョン)海戦記念式典への参加後、記者団に尹大統領の発言について尋ねられると、次のように述べました。
「大統領の発言は正確にファクトにもとづいたものであるため、民主党の反発は理解できない。紙切れに過ぎない終戦宣言ひとつで大韓民国に平和が訪れると叫ぶのなら、それは国民を欺くものだ」
記者団に「野党のことを反国家勢力と述べたのは、協治とは距離があるのではないか」と問われると、キム代表は「大韓民国のアイデンティティーを否定し、大韓民国を敵の手中でもて遊ばせるような勢力があるなら、それは協治の対象ではない」と述べました。記者団に改めて「反国家勢力とは野党第一党のことか」と問われると、彼は答えませんでした。
パク・デチュル政策委議長も尹大統領を擁護しました。「核武装を高度化する北朝鮮共産集団に対する国連安保理制裁を解除してほしいと哀訴し、終戦宣言を歌って歩いていた方々、この方々を何と呼ぶべきなのでしょうか。忠臣と呼びますか。愛国者と呼びますか」と皮肉を言ったのです。
大統領室は29日午後遅くになってようやく反応しました。記者団が反国家勢力発言の背景についての立場を問いました。大統領室の関係者はこう答えました。
「経済安保が最も重要だ。韓国経済に害となれば反経済勢力だ。安保に害となれば反安保勢力だ。どちらもなら反国家勢力となりうると思う。前政権や特定の勢力をターゲットにしたのではなく、一般的なことをおっしゃったのだと思う。国家利益に反する安保・経済的な主張や勢力が存在するのは明らかではないか。もう一つ考えてみるべきことは、大統領のメッセージというものはTPO(時間(Time)、場所(Place)、状況(Occasion))によってニュアンスは変わるものだ。記者会見の際、国会演説の際、米議会での演説の際、ソルボンヌ大学での講演の際、ベトナムの学生に会う際、国政メッセージは一貫したものになるが、ニュアンスは変化させるものだ。そういった観点から理解してほしい。昨日は1954年直後、反安保勢力から国を救おうという考えを持った方々が作った組織の行事だったので、TOPを考慮して聞くのもよいだろう」
みなさんは何を言っているのか理解できますか。私には理解できません。
大統領のミスを収拾しようとしているうちに、論理がこじれにこじれてしまったようです。単に潔く「行き過ぎた表現だった」と謝れば済むのではないでしょうか。ひきょう極まりない。
キム・ヨンホ、公然と吸収統一を主張
文前大統領と民主党は反国家勢力だというのは、尹大統領の本心だと考えるべきです。北朝鮮と統一に対する尹大統領の認識は驚くほど極右的だからです。尹大統領は問題の発言の翌日の29日の内閣改造で、事前に知られていたとおり統一部長官候補に誠信女子大学のキム・ヨンホ教授を指名しました。
キム教授は、ユーチューブで公然と金正恩政権打倒と事実上の吸収統一を主張してきた極右ニューライト系の人物です。こうした人物を統一部長官に据えようというのは、今後は南北対話を放棄し、北朝鮮に対する圧力を強めるという宣言に他なりません。
尹大統領は3月28日の国務会議でこんなことを言っています。
「統一部は今後、北朝鮮にくれてやるのはやめ、北朝鮮が核開発を推進する状況ではただの1ウォンも与えられないということを明確にせよ」
「北朝鮮の人権、政治、経済、社会的実状などを様々なルートによって調査し、国内外に知らしめることこそ、安保と統一の核心的ロードマップだ」
「ただの1ウォン」という表現のせいで波紋が広がると、統一部は直ちにその日の午後、「人道支援は一貫して進めるという従来の立場には変わりがない」と火消しに乗り出しています。
これに先立つ1月27日の統一部業務報告の際には、こんなことも言っていました。
「もし北朝鮮の方が今、我々南側より豊かに暮らしていたなら、そちらが中心になるべきで、南側の方がはるかに豊かに暮らしているのなら、南側の体制とシステムを中心として統一されるべきだ、というのが常識ではありませんか? ですから周辺国や全世界や韓国国民は、また北朝鮮住民も、できるだけ実情を正確に知るべきだと思います」
誰が聞いても吸収統一を意味する発言でした。この時もクォン・ヨンセ統一部長官が1月30日に韓国放送(KBS)ラジオ「チェ・ギョンヨンの最強時事」に出演し、「吸収統一では絶対にない」と口を極めて釈明する茶番劇が繰り広げられました。
ユーチューブで学ぶ政治と世の中
尹大統領の認識はなぜ少しづつ太極旗部隊に似ていくのでしょうか。2つの説があります。
第1に、哲学の貧困です。尹大統領は検事時代、理念性向があまりはっきりしていない人物でした。大統領選出馬を宣言し、その時になってあたふたと統一、外交、安保について偏った知識を習得したことで、極右性向へと急速に変化したという分析があります。今のところこの説が多数派です。
第2に、極右ユーチューブチャンネルを見すぎているのではないか、との分析もあります。尹大統領の発言内容と論理は極右ユーチューバーのそれと似すぎている、というのが根拠です。
いずれにせよ、尹大統領のこのような極右性向と認識は今後も長く韓国社会の対立と分裂をあおり、大きな問題を引き起こすでしょう。近ごろ尹錫悦政権に身を置いている人々のとんでもない極右発言が相次いでいるのも、そのような兆しとみるべきだと思います。
「朝鮮戦争の民間人犠牲者に対する補償は不正義」だと主張した真実・和解のための過去事整理委員会のキム・グァンドン委員長、「文在寅前大統領はスパイ」だと述べたパク・インファン警察制度発展委員長、「軍人にマスクを外させた文在寅前大統領は軍人を(新型コロナウイルスの)生体実験の対象として使用するよう指示した格好」だと述べたキム・チェファン国家公務員人材開発院長内定者らが堂々とその座を守っています。
尹大統領はなぜ彼らを起用し、交代させないのでしょうか。尹大統領自身も彼らと同じ考えを持っているからではないでしょうか。そうではないと信じたいのですが。みなさんはどうお考えですか。