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「自分が悔しいことは自分が嘆願書を書けば済む」
ヤンさんの性格上、仕事はあまり合わなかった。仲間たちは、ヤンさんは「耳の痛いことを言うのが苦手」で、「食堂に行けば真っ先に足りないおかずを持ってくる」人だったという。それでもヤンさんはコツコツと工事現場を回った。次の仕事が決まらないとどれほど不安で苦しいかを、ヤンさんもやはり労組に加入する前に経験してきたからだ。
2023年3月、ヤンさんの自宅宛てに警察の出頭要求書が送られてきた。ヤンさんの労組の支隊長としての活動が暴力行為等処罰法の「共同恐喝」に当たるという内容だった。「恐喝」は財産上の利益を得るために他人を脅迫する犯罪だ。警察は、2021~2022年にヤンさんら労組幹部が下請け業者から受け取った7900万ウォン(約803万円)あまりの賃金を全て恐喝で得た金だと判断した。
ヤンさんを含む江原建設支部の3人の幹部は、2021~2022年に組合員採用要求がなかなか受け入れられなかったため工事現場で集会を行い、下請け業者の手抜き安全管理を通報するとして圧力をかけたことがある。その後、会社側と改めて交渉して組合員の採用を勝ち取り、労組幹部の賃金支給に関する団体協約も下請け業者側と締結した。
支部長の1人は労組専従費(労働組合法に則り労組専従者が受け取る賃金)を受け取り、他の幹部たちは鉄筋・解体チーム長などの現場管理業務をこなしつつ日常的な労組活動も保障されるという内容で下請け諸業者と合意したのだ。ヤンさんもこの合意に則って鉄筋チーム長と労組の支隊長を兼任した。
警察はこれらすべての過程を、労使交渉ではなく建設労組の一方的な脅迫だとみなした。「(建設労組は)集会の自由を悪用して工事業者を屈服させ、彼らの思い通りに要求して数千万ウォンの労組専従費と無労働賃金の支給を受けた」(ヤンさんの拘束令状)。賃金を受け取りながら業務と関係のない労組活動も同時に行ったのは不適切だとの趣旨だ。警察はまた「彼らの主な目的は団体協約によって労組専従費と無労働賃金を受け取ることで、勤労者の権益保護ではない」との判断も付け加えた。
しかし建設労組は、組合員の採用と安全な作業環境を要求するために集会を行ったのであって、正常な労組活動だと説明する。また、労組専従費などはすでに法で保障されている通りに労使で合意したものであり、特に集会を行って受け取る必要はないという立場だ。
実際に建設労組は2021年11月に下請け業者の代表からなる「鉄筋コンクリート ソウル・京畿・仁川使用者連合会」と団体協約を結び、労組専従費支給に合意している。また、専従ではない幹部たちは労組活動を行っていても主な業務は現場管理だったので、賃金を受け取るのは当然だと建設労組は反論する。
「子どもの目に恐喝犯と映るのは耐えられなかっただろう」
警察が拘束令状で「労組が力で屈服させてきたため恐怖を感じ」たと表現した下請け業者たちは、4月26日の拘束令状請求後、むしろヤンさんに対する処罰不願書を提出している。
5月1日に裁判所に提出された15の業者の処罰不願書と嘆願書を見ると、下請け業者J社の代表は「民主労総所属のチーム長が組合員の勤務を管理してくれたうえ、会社と労働者の橋渡し役をしてくれたため、労働組合専従費やチーム長手当てを大きな問題なく支給していた。人材供給も特に摩擦なく交渉を通じて議論していた」と書いている。
別の下請け業者S社の代表は「民主労総の組合員を雇用するのは建設現場の慣行上、チーム・班として雇用するのと同じだ。組合員の集会で恐怖を感じたり業務の妨害になったりしたという事実はない」と書いている。
ヤンさんは普段、仲間たちに「(令状から)恐喝という単語だけは消してほしい」と吐露していたという。令状実質審査を受けに行くことも子どもたちには言えなかった。「子どもたちがどれほど思い浮かんだだろうか。でも、目に入れても痛くない子どもたちの目に恐喝犯と映るのは、死ぬよりも嫌だっただろう」。正義党のカン・ウンミ議員の言葉だ。
メーデーの5月1日、偶然にもヤンさんはその日、拘束前被疑者尋問を控えていた。前日まで妻と仲間たちが彼のために嘆願書を書こうと奔走していたのに、ヤンさんはなぜか穏やかな様子だったという。
「電話して『嘆願書をもっと集めてみようと思う』と言ったら、ヤンさんがいきなり『もう大丈夫だ、自分にとって悔しいことは自分が嘆願書を書けば済む』と言ったんです。その時はどういう意味だろうと思いました」(キム・ヒョヌン事務局長)
ヤンさんが書くと言っていた嘆願書は遺書だった。彼は子どもたちに牛肉を買って食べさせた翌朝、春川(チュンチョン)地方裁判所江陵(カンヌン)支院の前で体に自らシンナーをかけて焼身自殺を図った。その後、ソウル永登浦区(ヨンドゥンポグ)の漢江聖心病院に運ばれたが、翌日の5月2日に死去した。家族、労働組合、4つの政党(共に民主党、正義党、進歩党、基本所得党)に宛てて書いた3通の遺書が彼の車から発見された。
業界の違法には目をつぶり労組にのみ「順法」求められるのか
「私は(焼身自殺を図った)現場に行きました。花壇に植えてある木は3~4メートルはあるのに、葉が焼けて黄色くなっていました。タバコの火が体に触れただけでも熱いのに、ヤン・フェドン同志はどれほど熱かったでしょうか。その熱い火で焼かれてもがいたであろう同志を思うと、責任者たちを全員捕らえて殺したとしても気持ちは晴れません」。追悼祭の演壇に立った建設労組江原地域本部のイ・ヤンソプ本部長が怒りを抑えながら語った。
ある人は、労組の役割が組合員の仕事探しにとどまってはならないとし、非組合員の雇用の安定も共に考えてゆけるよう、労働運動の底辺を広げなければならないと指摘する。労組幹部が管理職業務と労組活動を並行することについても、紛争の素地が多分にあるとの指摘がある。
しかし、変則を生み出した土壌はそのままにしておきながら、育った草だけを責めることは困難だ。建設労働者は、集会を行ったり下請け業者と闘ったりしなくても仕事につけるよう制度的枠組みを作ってほしいと要求し続けてきた。ウォン・ヒリョン国土交通部長官は「建暴(建設業暴力団)」を根絶すると述べながら、このような現実には何ら対策を打ち出していない。
「建設労働者はなぜ賃金未払いに搾取までされながら働くのかよく理解できませんよね。それが次の仕事のない人間の宿命なんです。労働者の雇用の安定や労組活動の保障は10年あまりも放置しておきながら、採用の強要とか何とか言うのは、政府としては無責任すぎる発言ではないでしょうか」。 建設労組のソン・ジュヒョン政策室長はそう述べた。