本文に移動

[寄稿]企業利益も朝鮮半島の未来も得られなかった尹大統領の「価値観外交」

登録:2023-05-01 11:53 修正:2023-05-01 13:12
イ・ジョンソク元統一部長官
米国を国賓訪問した尹錫悦大統領とバイデン米大統領が26日午後(現地時間)、ホワイトハウスで韓米首脳会談を行った後に開いた共同記者会見で握手を交わしている=ワシントン/ユン・ウンシク先任記者//ハンギョレ新聞社

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は歴代大統領とは異なる別種の指導者のようだ。朴正煕(パク・チョンヒ)政権以来60年間、大韓民国の大統領は保守、進歩を問わず、個人の気質にかかわらず、対外政策において朝鮮半島情勢の安定を期する方向で努力した。中国・ロシアと国交正常化を図った盧泰愚(ノ・テウ)政権以来の30年間、両国が韓国に手を出さない限り、彼らを刺激し自ら朝鮮半島情勢の不安を加重させた大統領はいなかった。

 しかし、尹大統領は違う。彼は強硬一辺倒の対北朝鮮政策にも満足せず、米国と目線を合わせた価値観外交を掲げ、中国・ロシアを刺激し不安を増大させている。単純に米国の圧力のためだとみるには、あまりに積極的で躊躇もない。まるで世界を再び冷戦時代の陣営間対決へと追い込む新冷戦の戦士のように見えるほどだ。尹大統領は、自分の行動によってのちに韓国国民が抱え込む危険について真剣に悩んだことがあるのか疑問だ。

 尹大統領の今回の米国訪問でも、その面貌がそのまま表れた。彼は韓国外交が国益のために越えなかった線を躊躇なく越えた。訪米期間中、価値観基盤の外交を強調し、中国・ロシアに関する問題に言及して両国と対立する地点に明確に立った。韓米首脳共同声明には、中国とロシアを狙った米国の望む米国の言語がそのまま盛り込まれた。一方、朝鮮半島の地政学的特性によって発生する韓国の特殊な事情を考慮するいかなる種類の文言もなかった。

 尹大統領は中国・ロシアが米国の次に朝鮮半島の運命に影響を及ぼす重要な国だという点を直視しなければならない。両国は、憲法上の大韓民国領土(憲法上、韓国の領土は北を含めた朝鮮半島と附属島嶼となっている)と国境を挟んだ超軍事大国であり、韓国国民の暮らしを規定している朝鮮半島休戦体制に責任がある国々だ。歴代大統領たちは、尹大統領ほど賢くなく自由の価値を知らないから台湾問題に触れず、ロシアを刺激しないよう努めたわけではない。その道が朝鮮半島の平和を守り、国民の安全を図る上で不可欠だったからだ。

 経済的に中国は韓国の最上位の交易国でもある。単純計算で、この20年間の韓国の対中貿易収支の黒字総額は、同期間の全体貿易黒字の90%程度を占めている。ロシアも重要な経済協力国家として浮上している。しかし、政府の価値観外交が露骨になるにつれ中国とロシアで韓国企業のうめき声が大きくなっている。中国では、習近平主席が4月12日に広州市のLGディスプレイ工場を訪問した直後に尹錫悦大統領の中国けん制発言が出て、韓国企業が大きく心配しており、ロシアでは現地に進出していた現代自動車が撤退を決めた。結果的に政府が企業の障壁を解消するのではなく、むしろ陣営対立の前衛隊として乗り出し、企業をさらに窮地に追い込んでいるようだ。

 厳しい国家利己主義が猛威を振るう国際政治の場で、はたして国益とは何だろうか。米中対立の中でもフランスはエアバス160台を中国に販売する実利を得た。米国が中国をけん制するために作ったクアッド(QUAD)の主要国であるインドは、対ロシア制裁の波の中で、米国の顔色をうかがうこともなく安価なロシア原油の最大輸入国となった。おそらく「自由」という価値に没頭している尹錫悦政権にとっては、このような姿は「実利追求」よりも「裏切り行為」と映るのかもしれない。

イ・ジョンソク元統一部長官=キム・ギョンホ先任記者//ハンギョレ新聞社

 価値観外交は「価値観同盟」を指向する。筆者はかなり前にハンギョレのコラムに「『価値観同盟』と価値観共有の違い」という文を書いたことがある(2012.8.1)。韓米が「価値観を共有する」という事実と「価値観同盟」になるということは意味が異なる。韓国と米国は市場経済と自由民主主義という価値観を共有しており、その実現に向けて共に努力する。しかし、価値観外交が指向する「価値観同盟」は、これを越えて自由民主主義という共同の価値のもと、自分と反対の他の理念を持った国に対抗し、排他的なグループを作る。国家間の価値観の収れんは長期間の接触と変化を通じて自然になされることが道理だと考えられるが、残念ながら「価値観同盟」が現実化している。

 「価値観同盟」の合唱が大きくなればなるほど、朝鮮半島の緊張も比例して高まるだろう。米国は「価値観」を旗印に、求心力と遠心力が混在していた中国・ロシア・北朝鮮関係をひとまとめにし、その盾として同盟級の韓米日軍事・政治協力が必要だという名目を掲げるだろう。その過程で韓国が得るものは何か。北朝鮮に対する圧倒的な軍事的制圧? 尹錫悦政権はこれが可能だと言っているが、政治的レトリックにすぎない。北朝鮮の特性と国際力学上、いくら強力な拡大抑止戦力を備えても、それに相応する北朝鮮の挑発を強化させるだけで、屈服は不可能だ。一方、韓国が被る安保・経済的損失は明らかに見える。朝鮮半島の平和は大きな挑戦に直面し、その余波で韓国経済は安保リスクまで加わり、大きな打撃を受けるだろう。

 尹錫悦政権の価値観外交は、直ちに対北朝鮮制裁体制を大きく動揺させるだろう。この10年間、北朝鮮の核の挑発による制裁措置の中心には中国があった。朝米貿易と南北貿易などがゼロの状態で、対北朝鮮制裁は北朝鮮の対外貿易の90%を占める中国に全面的に依存してきた。この対北朝鮮制裁は米中対立の過程で次第に緩みつつあったが、今回の尹政権の価値観外交が決定打を加えるものとみられる。

尹錫悦大統領が27日(現地時間)、米ワシントンDCの国会議事堂で開かれた上下院合同会議で演説し、米国議員らが立ち上がって拍手を送っている=ワシントン/ユン・ウンシク先任記者//ハンギョレ新聞社

 米国訪問で尹大統領が米国に渡したものは明らかなのに対し、得たものが何なのかはよく見えない。北朝鮮核問題への対処に関しても、与党では尹大統領が米国から戦術核兵器の共有程度は得なければならないという意見が大きく、政府もまるで核共有を獲得してくるかのように大言壮語した。しかし核共有は跡形もなく、前政権が米国と協議して発展させてきた韓米拡大抑止体制をアップグレードする水準にとどまった。これはある程度予想した結果だ。実際、拡大抑止の最も重要な根幹は、その体制を精巧化することではなく、両国間の信頼である。にもかかわらず、韓国政府は美辞麗句が並べられた拡大抑止体制を得るために、米国に自ら核武装の意志を明示的に否定する大きな贈り物を差し出した。

 一方、韓国国民が尹大統領に大きく期待したのは、米国の半導体法(CHIPS法)とインフレ抑制法(IRA)による韓国企業の不利益を挽回することだった。韓国を代表する先端企業らは、巨大な中国市場の損失を覚悟して米国主導の国際サプライチェーンのシステム構築に参加したが、結果は逆説的に韓国企業殺しと現れたのが、この法案だ。しかし、尹大統領は首脳会談でこの同盟の逆説を解決できるような具体的な譲歩も得られなかった。

 尹大統領は米国の上下院合同演説で、これらの法案を作った議会の指導者たちに問題の解決を訴えるべきだったが、残念ながら沈黙した。大韓民国の大統領なら、米国に対する賛辞とバラ色のカーペットが敷かれた韓米関係を語るのもいいが、同時に米国に投資する韓国企業の難関と韓国国民の懸念を率直に伝え、米国の前向きな措置を当然要求すべきだった。尹大統領は、米国内のサムスン電子半導体工場と現代自動車工場が生み出した雇用を誇らしく並べ立て、互恵的な韓米協力を強調しながらも、当の企業らが直面している危機については語らなかった。

 結果的に尹大統領の米国訪問は中身のないまま終わった。行事は仰々しかったが、価値観外交に隠れて国益も朝鮮半島の未来も見えなかった。今後、米国が課した制約条項で韓国企業の悩みはますます深まり、朝鮮半島の緊張はさらに高まりそうだ。そしてこの緊張は、尹錫悦政権が価値観外交の旗印を降ろし、猪突猛進型の外交から抜け出さない限り、抑えることは難しいだろう。

イ・ジョンソク|元統一部長官 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
https://www.hani.co.kr/arti/politics/diplomacy/1089957.html韓国語原文入力:2023-05-01 08:27
訳C.M

関連記事