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犯罪者の加害で「1歳の知能」になった妻…国の「救いの手」はあまりに遠い=韓国

登録:2023-03-27 10:04 修正:2023-03-31 08:36
 
生計から崩壊した暮らし 

警察の「ずさんな対応」があった階層間凶器事件の被害者 
治療費に月500万ウォンかかるが、支援は短期で終了
「仁川階層間騒音凶器暴行」事件で脳損傷の被害を受けたキム・ヘソンさん(仮名・65)の妻が、病院でリハビリ治療を受けている=キムさん提供//ハンギョレ新聞社

<自分が犯罪被害に遭うと予想する人はいない。しかし、韓国では年間100人当たり2.8人の割合(2021年基準)で犯罪被害が発生している。犯罪は誰に対しても、いつでも起こり得る。犯罪責任は加害者に問うべきだが、被害の回復は国が責任を負わなければならない。ハンギョレは凶悪犯罪被害者と遺族10人に会って深層インタビューを行った。彼らが社会に救いを求める声を伝える。>

 妻はやっとスプーンを使えるようになった。キム・ヘソンさん(仮名・65)がご飯の上にキムチをのせると、ゆっくり動いてご飯を食べる。箸はまだ使えない。妻は左脳の機能が回復せず、右半身が麻痺した状態だ。言葉を発することもできない。20代の娘は引きこもってアルコール依存症になった。娘の右頬には7センチの縫合跡がある。一生レーザー施術をしなければならないという。娘はそんな顔で外には出られないと言い、部屋に閉じこもって毎日ペットボトルで酒を飲む。

 キムさん一家は貧しいが仲睦まじかった。夫婦は一緒に宅配の仕事をして生計を立てた。娘は中国で勉強して帰国し、公共機関の契約職として就職した。息子を含め4人の家族は、毎晩食卓を囲んでおしゃべりをした。このような家族が崩壊するのに半日もかからなかった。2021年11月15日、仁川で起きた「マンションの騒音をめぐる凶器暴行」事件の被害者がまさにキムさん家族だ。出動した警察2人が現場を無断で離脱したため犯行を防げず、国民的非難を浴びたまさにその事件だ。

「加害者よりも、あのときの警察よりも、生計の方が苦痛」

 4階の男性は、階下から家族の笑い声やトイレの水を流す音が聞こえてうるさいと言い、ささいなことでドアを叩いた。床を金づちで叩いて報復の騒音も出した。「ペットの犬まで含め、家族全員がつま先立ちで歩くほど」気をつけたが、苦情は止まらなかった。警察を4回も呼んだ。結局、引越しを決めた。4階の男が凶器を持って降りてきて妻と娘を刺したその日は、引越しの前日だった。

 首に致命的な傷を負った妻は2分20秒間心臓が止まり、酸素供給が止まって脳が損傷した。頭蓋骨の一部を取り外す手術を受けた。妻は「1歳の知能」になった。治療とリハビリ、看病だけでひと月400万~500万ウォン(約40万~50万円)がかかる。キムさんは自力で用を足すこともできない妻を一日中世話する。看病人(患者の身の回りの世話をする人)に来てもらったが、妻を虐待したため、小便の意思も表明できない妻は膀胱を傷めまた手術を受けた。短期労働を探そうとしてもままならず、稼ぎが事実上途絶えた。生活費を工面するために住民センターから区役所まですべて訪ね歩いた。

 法的手続きも複雑だった。妻名義で出る通信費などを整理し、通帳を使うために裁判所で後見人の資格を得るのに4カ月かかった。家族関係証明書だけでも何回発行したかわからない。「警察も、あいつ(加害者)も憎い。でも何より、生活があまりにも苦しいということを言いたい」

<憲法30条:他人の犯罪行為によって生命・身体に対する被害を受けた国民は、法律の定めるところにより国から救助を受けることができる>

 奈落の端で手を差し伸べてくれたのは、仁川犯罪被害者支援センターだ。政府委託により、犯罪者が払った罰金から一定金額を引いた「犯罪被害者保護基金」で運営される非営利民間団体だ。キムさんはセンターで介護費と病院費など一部の支援を受けることができた。「最初の2カ月間は友達にまでお金を借りました。でも、センターが面倒を見てくれました。今もあの方々を忘れることができません」

「仁川階層間騒音凶器暴行」事件で脳損傷の被害を受けたキム・ヘソンさん(仮名・65)の妻が普段服用しなければならない薬=キムさん提供//ハンギョレ新聞社

 しかし、この支援も一時的だ。昨年8月、妻の障害等級(1級)が決まった後、支援が終了した。犯罪被害者保護法により体に障害が残る場合、一時金として一定額を支給する「障害救助金」が最後だった。キムさんは現在の経済状況なら、その救助金で「1年も持ちこたえられないだろう」と話した。

 国の支援は一時的だが、崩壊したキムさん一家の苦痛は一時的ではない。経済的・精神的苦痛は家族間の愛情も奪った。「娘は愛嬌があって、妻の実家にもよく遊びに行きました。ところが、あのことがあってからはバラバラになってしまいました。今は子どもたちと一緒にいるのも嫌になるほど関係が悪くなってしまいました」

「1回目の出動、廊下に血があふれていても対処せず帰った警察」

 キムさんは警察のずさんな対応などの責任を問うために国を相手取って18億ウォンの損害賠償訴訟を起こした。警察のずさんな対応は、事件当時に出動した警察2人が現場を無断で離脱した問題だけではない。事件発生の4~5時間前、一人で家にいた娘の通報で他の警察2人の1回目の出動があったが、その時、凶器でキムさんの家のドアをこじ開けようとした4階の男が手を怪我して流した血が廊下にあふれていた。娘はそれを指摘したが、警察は特に対処をせずに帰ったとキムさんは主張した。キムさんが「警察のことを考えると悔しくてたまらない」と言うのはそのような背景からだ。

 訴訟の結果はいつ出るか分からない。2012年8月「中谷洞殺人事件」の犯人ソ・ジンファンに殺された30代の女性の遺族が起こした国を相手取った損害賠償訴訟は、11年たった今年2月になって、原告の一部勝訴が下された。被害者に対する経済的支援と同じくらい、法的手続きも犯罪被害者には常に遠いところにある。

 昨年末、キムさんは久しぶりに妻の車椅子を押して事件当時住んでいた家の近くを散歩に行った。普段動きのない妻が、昔のその家がわかったのか、キムさんだけが聞き取れる小さな声をあげたという。キムさんは妻を抱いて号泣した。これから何度涙を流さなければならないのか、キムさんには見当もつかない。

仁川/キム・ジウン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
https://www.hani.co.kr/arti/society/rights/1085238.html韓国語原文入力 2023-03-27 07:42
訳C.M

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