ハノイ談判の核心“寧辺の核施設”
老朽化した施設という指摘にも関わらず
北朝鮮の核開発の象徴
ウラン濃縮施設の廃棄問題に注目
核関連建物400棟以上
プルトニウム50キログラム以上保有推定
1993年の第1次北朝鮮核危機当時から
米国との交渉カードの中心に浮上
中断と再稼働を繰り返す
朝米が寧辺の核施設の廃棄する場合
申告と凍結・査察への合意が第一歩
完全な非核化の進展において重大な意味
8日後に迫った金正恩(キム・ジョンウン)北朝鮮国務委員長とドナルド・トランプ米大統領の2度目の談判の中心には、平安北道に位置する寧辺(ヨンビョン)の核施設の廃棄がある。老朽化した施設という指摘にもかかわらず、北朝鮮の核開発の心臓であり、象徴であるため、寧辺は依然として北朝鮮の非核化プロセスの最初のボタンとされる。
北朝鮮は、寧辺の核施設の査察・廃棄に伴う主な相応の措置の一つとして、制裁緩和・解除を要求しているが、米国は寧辺核施設の廃棄に“プラスアルファ”がなければ、制裁緩和や解除は不可能という立場を示している。結局、両首脳が寧辺の核施設の廃棄にどのような“値段”をつけるかが、今回のハノイ首脳会談の“最大の談判”になるものと見られている。寧辺の核施設に注目しなければならないのも、そのためだ。
■ウラン濃縮からプルトニウム生産まで…寧辺は北朝鮮の核の心臓
「寧辺の核施設」と呼ばれているが、寧辺核団地には少なからぬ核関連施設がある。現在400棟以上の建物が建っているとされており、核燃料の生産から再処理による兵器級核物質の生産まで“完結的な”構造を備えている。先月、朝米交渉に詳しい外交部関係者は寧辺核施設について記者団に「米国もかなりの意味付けをしている。長い間、寧辺は北朝鮮のすべての核プログラムの中心だった。これを廃棄して終わらせるのは、完全な非核化の進展に重要な意味がある」と述べた。
寧辺の核施設の始まりは、1960年代初めに設立された寧辺原子力研究所だ。1965年に竣工したソ連製の研究用原子炉(IRT-2000)の運営に続き、5MWe(メガワット)原子炉が1986年に稼動を始めたことで、寧辺は北朝鮮核の核心施設に定着した。
北朝鮮が保有するプルトニウムの大半を生産したと推定される5MWe原子炉は、北朝鮮が保有する豊富な天然ウランを加工し、燃料として稼動するが、ここで抽出された使用済み核燃料棒を、隣に位置する放射化学実験室で再処理し、年間6~7キログラムの核兵器用プルトニウムを抽出できるという。2018年の国防白書は、北朝鮮のプルトニウム保有量を約50キログラムと推定した。
現在、寧辺核施設の中で最も注目されるのは、2010年11月に稼動の事実が公開されたウラン濃縮施設だ。北朝鮮は当時、米国の著名な核物理学者シグフリード・ヘッカー・スタンフォード大学国際安保協力センター先任研究員らを同施設に招待し、高濃縮ウランを生産できる遠心分離器2000基を公開した。同施設は2013年には2倍に拡張されたことが確認された。一度も国際社会の査察を受けていない施設だ。
■中断と再稼働の歴史
寧辺の核施設が北朝鮮の非核化プロセスの中心となったのは、いわゆる1993年の「第1次北朝鮮核危機」の時からだった。1992年、北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)に提出した申告書の不一致問題などを契機に開かれた朝米高官級会談は、1994年の朝米枠組み合意につながり、両国は初めて寧辺核施設内の5MWe原子炉と関連施設の凍結・解体に合意した。
寧辺の核心施設だった5MWe原子炉は、その後も稼動と中断を繰り返した。2002年にブッシュ米大統領の対北朝鮮重油支援の中断とテロ支援国家の指定などに反発し、北朝鮮は「核活動凍結の解除宣言」を行ったものの、2007年の6カ国協議の結果、寧辺の核施設は再び閉鎖された。その際、北朝鮮は2008年に約1万8千ページに達する寧辺の原子炉稼動日誌と核申告書を米国側に提出した。
朝米が最後に寧辺の核活動の中止に合意したのは「寧辺ウラン濃縮活動の臨時中止」(モラトリアム)と国際原子力機関(IAEA)の査察に合意した2012年の2・29合意だった。北朝鮮は2013年4月に寧辺の5MWe原子炉を再稼働したが、現在は稼動を中断したものと見られる。
■寧辺の廃棄はいかに?
第2回朝米首脳会談の結果で、両国が寧辺の核施設の廃棄に乗り出した場合、その最初の措置は合意した施設に対する申告と凍結になる見通しだ。申告の場合、過去に北朝鮮が提出した申告書はすでに存在するものの、ウラン濃縮施設など2008年以降に設立された施設に対する“部分的申告”が必要だ。
さらに、かつて国際原子力機関(IAEA)の査察団が担当した核施設検証の主体も改めて決めなければならない。北朝鮮は、国際原子力機関(IAEA)の介入に拒否感を示してきたが、これを貫いた場合、米国または核保有国(P5)の専門家などで査察団が構成される可能性もある。
専門家らは、核施設の凍結の始まりとして、核施設の燃料注入の中断または除去を挙げている。さらに「シャットダウン」(稼働中断)と共に「封印」及び監視設備の設置などの「モニタリング」の環境づくりが必要である。両者が過去のように核施設の廃棄の中間段階として「不能化」(disablement)に合意することもあり得る。何よりも今回は、原子炉とウラン濃縮施設に対する試料の採取と分析が重要という指摘もある。
これと共に、ウラン鉱山の規模と生産履歴や原子炉の運転履歴、使用済み核燃料の排出量と保有量、再処理施設の規模と再処理量など、全般に対する検証が必要と見られている。この作業は長きにわたる寧辺の核廃棄過程における最初の段階であり、今回の首脳会談でどこまで合意できるのかは、まだ不透明だ。