「今からでも離婚は可能でしょうか?」
8月27日、ベトナムのカントーにある韓国の市民団体「国連人権政策センター」(KOCUN、以下コクーン・カントー)が運営する「韓国・ベトナム共にケアセンター」の相談室を訪れたレ・ティ・トゥイ(仮名・29)が恐る恐る尋ねた。彼女は韓国の光州地裁順天(スンチョン)支所から発行された「協議離婚意思確認申請書」を一つひとつ取り出した。「真意により離婚が合意されたことに間違いないことを確認します」。色あせたA4用紙にホッチキスの芯までさびてしまったこの書類の発給日は、2008年6月だった。
トゥイは19歳のときに結婚仲介業者を通じて韓国人男性と結婚した。会社の説明とは違い、夫はひどいてんかんを患っていた。「だまされた」と裏切られた気持ちで協議離婚をし、故郷に戻ってきた。韓国で離婚しても、ベトナムでもう一度離婚申告手続きを踏んでようやく婚姻関係が完全に清算されるが、それができなかった。「どうすればいいのか分かりませんでした。裁判所は司法庁に行けと言い、司法庁は裁判所に行けと言って…。手続きも複雑で費用も負担でした」
トゥイの人生はそこで「停滞」した。3年前にベトナム人男性に会い、2人の子どもを得たが、この子どもたちは書類上存在しない。法的に既婚者であるため、新しい夫との婚姻届はもちろん、二人の子どもの出生届もできなかった。子どもたちが幼稚園に行く日がもうすぐやってくるので気が気でない。「子どもたちの出生届だけでも必ずしなければ。きちんと離婚したいのです」
■国際離婚の増加…本国に戻ってくる帰還女性
ベトナム・ホーチミンから西に160キロ離れた地へ車に乗って4時間移動すると、5つの直轄市の一つであるカントーに着く。韓国・ベトナム国際結婚の6組に1組がここの出身と推定される。ベトナム出身の結婚移住女性の5人に1人が家族の解体を経験している状況で、韓国人男性と結婚した後にカントーに戻ってくる「帰還女性」も増え続けている。
帰還女性3人のうち2人は、トゥイのように韓国での結婚生活が終わったにもかかわらず婚姻関係を法的に完全に清算できず、困難を強いられている。「形だけ既婚」のため新しい配偶者との婚姻届も出せず、子どもの出生届も出せない。社会的偏見と経済的貧困に苦しみ、他地域に再移住したりもする。先月26~30日、ベトナムのコクーン・カントーを訪れ、帰還女性と韓・ベ間の子どもに会った。
■結婚はすぐなのに、離婚はいつ?
離婚には法的手続きが伴うが、国際離婚の場合、両国の法律が異なり、より複雑な過程を経なければならない。韓国で離婚手続きを終えた場合、ベトナムでもう一度離婚を届けて離婚がようやく完成する仕組みだ。判決文、協議離婚確認書など、離婚状態を立証する書類を提出しなければならないが、書類を取ることもできず逃げるように本国に戻ってきた帰還女性たちは、海の向こうの韓国で関連書類を発給してもらう最初の段階から途方に暮れる。地域ごとに、関係機関の担当者ごとに、案内する離婚手続きが異なり、一貫した情報を得ることも難しい。帰還後、コクーン・カントーに相談しに訪ねてくるまで、平均3年以上がかかっているのもこのためだ。
だが、これは比較的解決が容易なケースに入る。28日、韓・ベ共にケアセンターで会ったチュン・ンオク・アイン(仮名・31)は、ベトナムでの「裁判離婚」を控えている。アインは19歳の時に韓国に渡り、自分の年齢の2倍ほど年上の男性と結婚生活を始めた。韓国語にも韓国文化にも慣れていないとき、教会でベトナム国籍の姉さんと知り合った。一緒に買い物に行くなど外出が増えると、夫は外出を禁じた。数カ月間家の中に閉じ込められ、衝突が起こり、夫はアインに暴行した。夫の姉の家に逃げ込んだ後、離婚手続きをする暇もなく逃げるように家を出た。
ベトナム人の男性と再婚して子どもをもったアインは、もう過去を整理して現在の暮らしを生きたい。「訴訟に必要な書類があまりにも多いんです。韓国人の夫が今からでも離婚に同意して手続きが早く終わればいいと思います」
ほとんどの結婚移住女性はスピード結婚の特性上、家庭内暴力・不和に苦しみ、逃げるようにベトナムに戻ってくるが、この場合、ベトナムで裁判離婚をしなければならない。関連書類が国際特急郵便(EMS)で国境を行き来する至難な過程が始まる。相手の意見を聞き同意を求める手続きを含め、少なくとも1~3年の時間がかかる。複雑な離婚手続きと足りない情報に困り、離婚手続きに手を貸すという結婚仲介業者にだまされ、借金を背負うこともある。バラ色で始まった国際結婚が一生の足かせとなる瞬間だ。
大韓弁協法律救助財団のオ・スンヨン弁護士は「書類発給、離婚訴訟は韓国ではそれほど難しいことではないが、帰還女性には非常に難しく複雑な問題だ。必要な書類を韓国の海外公館でも発給できるようにしたり、ベトナムと韓国が法律的な支援をやり取りするルートを設けるだけでも、帰還女性には大きな助けになる」と話した。
■社会的偏見と経済的貧困に苦悩
「韓国からなぜ帰ってきたのかとみんな聞きます。それは時間がたっても同じです」。先月26日に会ったハク・イン・イェン(仮名・33)は、長いため息をついた。2011年に結婚し妊娠したイェンは、ベトナム料理がとても恋しかったが、姑はイェンがベトナム料理を作るたびににらみつけた。葛藤の末、韓国で協議離婚し、大きなお腹を抱えてベトナムに帰ってきた。やっと帰ってきた故郷にもかかわらず、離婚した女性に向けられた周囲の視線は冷たかった。国際結婚で「家計を助けた」結婚移住女性たちと比較対象になりがちだった。経済的に役立つどころかこぶつきで帰ってきたと、実家の母までイェンをいびった。「我慢しなきゃだめだろう。どうして急いで離婚したんだ…」。イェンは実家でどうしても暮らせず、家の外の小さな小屋で息子と二人で暮らしている。
ベトナムの離婚届も出せなかった。それよりも息子の世話をしながら一日一日食べていくのが先だった。ベトナムで生まれベトナム国籍を得た子どもは、首にこぶがある。母親が付ききりで世話しなければならず、固定の働き口など夢にも考えられない。食堂で毎日4時間皿洗いをして1日6万ドン(約300円)を稼ぐのが収入のすべてだ。「いつか子どもが首の手術をしなければならないのに、手術費をどうやって得ればよいのか、目の前が真っ暗です」
帰還女性は学歴が低く、年若くして結婚を選んだため、職業教育の機会を得られない場合がほとんどだ。一人で子どもを育てる環境も経済活動を妨げる要因になる。コクーン・カントー女性連盟が2016年11月~2017年8月、ベトナムのカントーとハウザン地域に居住する帰還女性301人を調査した結果、半数に近い女性が月200万ドン(約1万円)未満の所得を得ていることが分かった(44.1%)。社会的烙印と経済的貧困に押しだされるように他の地や外国に再移住する割合も半分に近かった(47.7%)。
調査に参加したコクーンのブ・ティ・チアン研究員は「帰還女性は『家族に負担をかける存在であり、結婚に失敗して帰ってきた女性』という冷ややかな視線に苦しむ」とし、「離婚の過程で受ける精神的な傷に加えて、親に対する罪悪感、社会からの孤立感まで負うことになる」と話した。
■韓国が招いた問題、韓国が解決すべき
専門家たちは韓国が結婚移住女性を必要に応じて呼び入れた分、帰還女性に対する責任から自由ではないと指摘する。国際結婚は2000年代に入り少子化問題、結婚市場内の性比の不均衡問題を解決するための方法として注目され始めた。結婚仲介業者らが営利目的でそのルートを開き、政府は制度的にこれをサポートした。しかし、韓国で結婚移住女性に分類され多文化家庭支援政策対象者だった人々は、韓国の国境から離れた瞬間、関心外に押し出される。具体的に把握されていないが、ベトナムのほかにもモンゴル・フィリピンなど韓国との国際結婚率が高い国家の共通の問題でもある。
キム・ヒョンミ延世大学人類学科教授は「帰還女性の法的清算に必要な支援を与えるのは、韓国政府が遂行しなければならない最小限の倫理的義務であり、結婚移住女性とその子どもの生存のための超国家的連帯と法的支援が必要だ」と話した。コクーンのチョン・ジンソン代表は「女性の人権の観点からも帰還女性の問題は必ず解決されなければならない問題」と指摘した。
(この記事は韓国言論振興財団の2018年企画取材支援で作成されました)