23日、大統領府が文在寅(ムン・ジェイン)政府2期内閣に野党の参加を保障する「協治内閣」を公式化したことで、差し迫った内閣改造の幅や時期と共に、野党多数の国会の状況で連立の実現可能性に関心が高まっている。
キム・ウィギョム大統領府報道官は同日、メディア向けブリーフィングで、「適材適所になるなら、協治内閣を進める意思がある」とし、「協治内閣」に初めて言及した。キム報道官は「協治という言葉がこれまで多く使われてきた普遍的な表現であるため使っただけ」だと述べたが、内閣に野党の参加を保障する方式の協治は、通常、政界では連立と呼ばれる。野党との連立の幅、具体的には野党関係者の内閣への参加の幅によって、小連立と大連立を区分することもある。盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が2005年、自由韓国党の前身であるセヌリ党に大連立を提案し、野党の反対で流れたことがある。盧元大統領は、ユ・シミン元長官がまとめた自叙伝『運命だ』(2010年)で「大連立の提案は完全に失敗した戦略になってしまった」と回顧した。キム報道官が同日、事実上、連立政権レベルの協力政治を提案しながらも、「協治内閣」という表現を使ったのも、これと関係があるものと見られる。
昨年5月10日の大統領の就任演説で、「共に民主党政府」という表現を使い、責任政治を強調していた文大統領の国政哲学に変化があるのかも注目される。文大統領は6・13地方選挙で与党が圧勝した後、有能さ▽道徳性▽謙遜な態度を強調した。特に有能さに関しては「1年の経験を持ったため、初めてだから不慣れなだけという言い訳はこれ以上通用しない。これからは本当に有能な姿を見せなければならない」と強調した。以降、大統領府は経済首席・雇用首席などを交替し、「スピード感、体感、成果」などを3大キーワードとして提示した。国民が体感できる成果をスピーディーに実現しようという趣旨だった。国会の壁を越えられずにいる文在寅政権の代表的な改革課題を実現するため、野党の内閣参加を保障すると共に、野党多数の限界の突破に向けて「協治内閣」へと方向転換を行ったものと見られる。
内閣構成は文大統領と李洛淵(イ・ナギョン)首相の権限だが、今回の「協治内閣」に関しては国会与野党協議に主導権を渡した部分も目を引く。キム報道官は「大統領府であれ、民主党であれ、協治をしてみようという提案をし、野党と協議を始めた段階」だとし、「こういった場合は、協議の決定権は野党にあるのではないか」と述べた。
与党のこのような「協治」計画は今月18~22日、5党の院内代表団の訪米日程のうち野党に伝えられたという。イ・ヨンジュ民主平和党院内スポークスマンは電話インタビューで、「共に民主党側が我が党の議員の入閣と関連した提案をしてきたと聞いている」と話した。民主平和党は地方選挙を前後して「連立」の前段階で進歩・改革派政党の「改革立法連帯」を先頭に立って主張してきたため、「ポスト」と「人物」に合意できれば、連立政権に参加する可能性は少なくない見込みだ。ただし、正義党は、突然のノ・フェチャン院内代表の死亡などで、しばらくは党内状況の収拾に邁進する見通しだ。