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[記者手帳]韓国の報道の自由は大丈夫か

登録:2014-10-02 08:30 修正:2014-10-02 11:09

「新聞のない政府か政府のない新聞、どちらかを選ばなければならないならば、迷わず政府のない新聞を選ぶ」というトーマス・ジェファーソン(米国第3代大統領)の話を引用せずとも、報道の自由が民主主義の根幹である事実を否定する人はいないだろう。政治権力は立法・行政・司法が相互に牽制するというが、3府に対する監視や批判は自由な報道の存在なしにはなされない。 現代社会で次第に力が強まっている経済や民間の権力も同じことだ。

 こうした理由から民主社会に占める報道の役割と責任は重大にならざるをえない。報道の自由の享有程度により、その国がどれくらい民主的であるかを測定するのも、報道の自由が民主国家の核心原理であるためであろう。

 米国の人権団体「フリーダムハウス」(www.freedomhouse.org)は1980年から世界各国の報道の自由を測定して発表している。この分野で最も権威ある代表的な団体だ。この団体が4月に発表した『2014年言論の自由報告書』によると、韓国は32点で197か国中68位で、部分的言論自由国とされた。

 この団体は法律、政治、経済環境別に報道の自由を制約する要素に対する評価点数を付け、1~30点までを自由国、31~60点までを部分的自由国、61~100点を不自由国に分類する。惜しくも2点差で自由国になれなかったとも言えるが、共同67位のアフリカのナミビアと南米のチリに遅れをとり、アジアの国のうちでも台湾(47位)、パプアニューギニア(58位)が韓国の前列にいる。

 韓国はこの団体が報告書を発表して以来、1988年までは不自由国と部分的自由国を行き来して89年から自由国になった。報告書は前年の報道状況を評価するため、大統領直選制を通した政権創出と民主化が高く評価されたのだろう。その後は2010年までずっと自由国の地位を維持した。

 ところが、李明博(イ・ミョンバク)政権時の2011年から部分的自由国に転落した後、自由国の地位を取り戻せずにいる。李明博政権が「ミネルバ事件」のようなインターネット統制を強化し、放送会社の要職に政府側の要人を座らせたことなどが否定的要因として作用したためだ。

 さらに当惑するのは、こうした状況が朴槿恵(パク・クネ)政権になっても改善される見込みがないという点だ。むしろ悪くなっている。朴政権は自ら責任を負わなければならない2014年の報告書で順位が前年より4段階も落ちている。来年出る2015年報告書の展望はこれよりひどくなることこそあれ良くなるとは思えない。

 くどくど説明することもなく、最近起きた二つの事例がすべてを物語っている。一つはセウォル号当日の朴槿恵大統領が“疑惑の7時間”にある男性に会った可能性を報道した『産経新聞』ソウル特派員に対する検察の捜査だ。ジャーナリズムの基本を知っている人なら誰でも眉をひそめたくなる低俗な記事が、検察が大統領に対する名誉毀損疑惑で捜査をすることでマスコミ弾圧の象徴になった。「国境ない記者団」と米国の保守紙『ウォールストリート ジャーナル』までが批判する国際的恥さらしの種になった。

 もう一つの例は、朴大統領が「インターネット上での大統領に対する冒涜が度を越した」と発言をすると検察が直ちに虚偽事実流布取り締まりチームを新設したことだ。

オ・テギュ論説委員室長//ハンギョレ新聞社

この事態に国内のインターネット利用者の“サイバー亡命”が相次ぎ、憲法分野の国連といわれる「ベニス委員会」委員長が政府のインターネット監視方針に憂慮を示すことまで起きている。

 “大統領のいない新聞”と“新聞のない大統領”のうち迷わず後者の側に立つ韓国政府の態度を見て、フリーダムハウスは来年どう書くのか。それが気になってならない。

オ・テギュ論説委員室長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2014.10.01 18:41 

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/657814.html 訳Y.B(1509字)

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