巨大な一対の青銅の獅子像が守る紫禁城太和門の外。色とりどりの衣装をまとった人々でにぎわっている。
ゾウを先頭にした使節団もいれば、オランダ式の帽子を深くかぶった人々、西域から来た人々も見える。「朝鮮国」と書かれた旗の下にいる公服姿の使節も、両手いっぱいに貢物を抱えて順番を待っている。ミャンマー、タイ、琉球(沖縄)から欧州にいたるまで、数十カ国から来た使節と朝貢品が、太和門の内側にいる乾隆帝に謁見するために列をなしている。
北京の故宮博物院に所蔵されている1761年に作られた「万国来朝図」に描かれた風景だ。「万国来朝」とは文字通り、天下の「万国」が使節を送り、乾隆帝に朝貢するという意味だ。自身を世界の中心だと信じた乾隆帝の帝国的な理想をありのままに示している。ただし、多くの外国使節が同日に一堂に集まり、乾隆帝に会おうとしたという記録はなく、図は乾隆帝時代の清が夢見た世界を表現したものと解釈されている。しかし、中国史の最盛期を享受したとされる乾隆帝が死去してから半世紀も経たずして、天下に号令していた帝国は衰退した。
万国来朝の夢は消えたのだろうか。200年を優に超えたいま、万国来朝図は再び人々を呼び寄せている。
紫禁城の前庭にゾウや貢物を持ってきた人々の波に代わり、現在の北京には、各国から飛んできた専用機が次々と着陸している。伝統的な親中の国々だけではない。昨年12月のフランスのマクロン大統領を皮切りに、李在明(イ・ジェミョン)大統領やカナダ、英国、ドイツ、スペインの首脳が相次いで北京を訪問した。英国とカナダの首脳の訪中は8年ぶりだった。わずか半年の間に、国連安全保障理事会の常任理事国のうち、自国を除く4カ国の首脳と応接室で会った国は中国が初めてだ。中国が内部の政治日程に追われた3月の1カ月を除くと、5月までに毎月平均4回、要人を迎えたことになる。これほどならば「21世紀の万国来朝図」でも描くべきだといえる。
先月の米国のトランプ大統領の9年ぶりの訪中も外せない。関税戦争からイラン戦争まで、2期目に国際秩序を揺るがしているトランプ大統領も、北京での3日間は普段とは違い、節度ある言動を示した。むしろ、既存の覇権国と新興国は衝突しやすいという「トゥキディデスの罠」の話を持ち出し、台湾をめぐる「レッドライン」を異例にも露骨な言葉で強調した中国の習近平国家主席のアプローチのほうがウォッチャーを驚かせた。9年前には紫禁城を開放し、「史上最大規模」の契約でトランプ大統領を迎えた習近平主席は、今度はトランプ大統領の到着前日に「レッドライン」を持ち出したうえで、トランプ大統領と「天下の祭壇」である天壇を並んで散策した。いまや主要2カ国(G2)時代の幕開けだとする中国の演出が説得力を得た場面だった。言葉を控えていたトランプ大統領は、北京の空を離れると本来の話し方を取り戻し、世紀の会談は習近平主席の勝利で幕を閉じた。
そのような習近平主席が8~9日、7年ぶりに平壌(ピョンヤン)を訪問した。米国との「新たな戦略的安定関係」を宣言してからわずか3週間後のことであり、今年初めてとなる外国訪問先として、北朝鮮を選んだのだ。それ自体がワシントンに向けて発信するメッセージとしては強力だったため、先月流れた習主席の北朝鮮訪問説に対しては、「そんなことをするはずがない」という観測も少なくなかった。しかし、習主席は平壌に行った。習主席は金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長との会談で、両国間の「発展戦略の連携を強化」するとして、「外交、法執行機関、軍事交流の強化」も強調した。万国来朝を実現した習主席が平壌に行った理由、習主席を招き寄せた北朝鮮の位置づけの変化もまた、注目すべき点だ。
キム・ジウン|国際ニュースチーム長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )