本文に移動

記憶が留まる場所【寄稿】

登録:2026-02-07 10:06 修正:2026-02-07 11:39
カン・ヘスン|美術史学者・祥明大学招聘教授
臼井仁美「カーブ定規」2025//ハンギョレ新聞社

 最近みた展示会のテーマは記憶だった。記憶をめぐって特有の緊張を抱える日本の広島でのことだった。1945年に米国が投下した原子爆弾で半壊したドーム式の屋根の展示館が遺跡として残り、第2次世界大戦に対する集団記憶を呼び起こす都市。そこでの現代美術館は、原爆投下80年にあたる昨年末から、記憶をテーマに公募展を開催している。

 5チームが選ばれた展示のなかで、臼井仁美という若手作家の彫刻が特に目を引いた。見覚えのあるものでありながらも、なじみのない感情だった。たとえば、壁にかかった彫刻は、誰かみても台所で使う皿洗い用のブラシで、木製の取っ手の部分に繊細な彫刻が施されている。木の表面を削る木工の技巧が施された取っ手は、いまや手で握るとすぐに壊れてしまいそうな形になっている。誰かが使っていた日常品のブラシが道具としての機能を失い、芸術性を帯びることになった。

 海洋生物資源科学科を卒業後に工芸を専攻した独特の履歴を持つ臼井さんは、自身の作業を「つなぐ木」だと説明する。臼井さんの木の作品は過去を現在に召喚する。すなわち、かつては日常用品だった木だ。服を作るのに使われたカーブ定規も、広島の住民が臼井さんに寄贈した祖母の遺品だ。針仕事を楽しんでいた祖母は被爆の影響か病弱で、がんで亡くなった。

広島市現代美術館で2026年3月1日まで開催中の公募展の展示=写真カン・ヘスン//ハンギョレ新聞社

 いつか読んだ「李御寧(イ・オリョン)の言葉」という本の文章を思い出した。偉大な学者である李御寧は「花の意味を知る人が、花のそばをそのまま通り過ぎることができないように、物事の意義はあなたの歩みを止めるだろう」と記した。文章のとおりだった。裁断用の定規の由来を知ることになり、道具を作品として永続させた臼井さんの意図が伝わり、足を止めて眺めざるを得なかった。

 畑を耕していた父親のクワや祖母の手になじんでいた定規などを寄贈された臼井さんは、カンナにかけたかのように、繰り返し薄く削り、木の表面をあらわにした。もはや定規としては使えなくなり、クワは取っ手を握ることができなくなったが、代わりに記憶が刻み込まれた。臼井さんは作業ごとに寄贈者にまつわる物語を記録し、一緒に展示した。使い捨てできる対象ではなく、記憶の貯蔵庫として喚起するものだ。

 この時の記憶は、被爆にあった時代と、その時代を生きた家族だけを呼び起こすのではない。道具になる前に生命だった木の記憶も追う。臼井さんは、人間にとって古くからの道具だった木に注目し、伸びていく枝のかたちで木の生命性を記憶しようとしている。木が資源になり、そして使い終わった後も、依然として過去と現在をつなぐ木として再び喚起され、臼井さんの作業は循環する。

 作品が原爆の歴史を直接再現する手法で集団記憶を呼び出したとすれば、反発が先に立つこともあったかもしれない。特定の集団によって選択され、構成されて共有された記憶を集団記憶という。被害者としての日本人の記憶とは違い、日本を加害者として記憶する韓国人の感情は同じでない。一方、国家的物語を排除した私的な記憶は普遍的だ。当時の被爆者のなかには、朝鮮人も少なくなかった。生前の私物から祖父や父親を追慕する感情には、集団間の境界はない。

 ここでの私物は記憶が留まる場所でもある。政治哲学者のハンナ・アーレントの言葉を借りれば、私物は単に消耗する対象でなく、人間世界を構成して人生を持続させる土台になる。記憶がいかにして私物に留まり、再び呼び起こされるのかを、広島という地で新たに向き合った。

//ハンギョレ新聞社

カン・ヘスン|美術史学者・祥明大学招聘教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1243308.html韓国語原文入力:2026-02-04 18:51
訳M.S

関連記事