「日本は自国がどこを目指すのかについて、かなり明確な見解を持っています。日本は5年以内に核保有国(nuclear power)になろうとしています」
日本がいつか「核保有国」になるという予言を提示したのは、米中デタントの主役であり現実主義的な見解で国際政治を冷徹に分析してきた「賢人」ヘンリー・キッシンジャー(1923~2023)元米国務長官だった。彼は亡くなる6カ月前、英誌「エコノミスト」とのロングインタビュー(2023年5月17日付)で、日本が5年という比較的短い期間内に核保有国になる可能性があると予測した。
実際にキッシンジャーがこの話を初めて口にしたのは、半世紀前の1970年代前半のことだった。国務長官時代の1974年8月、当時駐米オーストラリア大使だったパトリック・ショーとの会談の場で、日本が核拡散防止条約(NPT)体制内で核実験なしに多数の核爆弾を製造すると見通し、憂慮を示した。国際社会は1970年、「NPT体制」を通じて核拡散を厳格に禁止したが、日本はこれを迂回して核兵器を入手するだろうと予想したのだ。キッシンジャーの予言はその後、北朝鮮の核の脅威が現実化するにつれ、ますます具体的になっていく。
キッシンジャーは、日本の核保有について絶えず言及を続けたが、もともと日本国内では、この問題はむやみに口にしてはならない一種の「社会的タブー」だった。広島・長崎という大きな悲劇を経験したという国家的アイデンティティに加え、日米原子力協定(1987年)を通じて、核兵器の原料となる濃縮ウラン(HEU)とプルトニウムを生産できる「濃縮」と「再処理」の権限を確保したためだ。日本の内閣府が8月に出した資料「令和6年における我が国のプルトニウム管理状況」によると、昨年末時点で核兵器約6000発を製造可能な44.4トンのプルトニウムを保有していることが確認できる。このような完璧な核潜在力を備えた国が核武装に言及すれば、核拡散を懸念する米国や国際社会の強いけん制を受けることになる。
この厄介な状況を避けるために日本が選んできた戦略は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則(1967年)を遵守することだった。しかし、高市早苗政権の安全保障政策を担当する首相官邸の高官は18日、記者団の前で「日本は核兵器を保有すべきだ」と公然と発言した。日本社会は騒然となり、野党はこの人物の更迭を要求した。キッシンジャーの予言は、現実になるのだろうか。