10月のソウル江西(カンソ)区庁長補欠選挙と11月の釜山(プサン)万博誘致戦の過程には、国政を遂行する尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の特徴がよく表れている。自分が孤立しかねないという危機を全く認識していない。
与党「国民の力」が17%ポイント以上の大差で敗れた補欠選挙直前まで、尹大統領は勝つか僅差の勝負だと信じていたという報道が目を引く。万博も博覧会国際事務局(BIE)総会で投票が進行された28日、尹大統領は、釜山(プサン)が順調に1次投票を通過すると信じていた。政府の確信に影響されたマスコミは釜山の100万坪の万博敷地で、「天地開闢が起きるだろう」として歓喜の瞬間を待っていた。ところが、いざ開票が始まると、惨状が露呈した。90カ国の首脳と150回余りの首脳外交、5千億ウォン(約560億円)以上の公的開発資金の提供、1年中続いた大統領の外遊にもかかわらず、確保した票はあまりなかった。誤った希望に陶酔したうえ、反論を許さない独善がもたらした惨事だ。
国際政治学者ハンス・モーゲンソーによると、国際政治でも「戦略的ナルシシズム」現象があるという。現実をありのまま見ることができず、自分の主観どおり相手を勝手に解釈したり、判断したりする行動だ。大統領の周辺に苦言を呈する参謀がほとんどおらず、大統領自らも自己肯定感の低い人をそばに置いて、自分の確信を簡単に貫こうとする。政治的ライバルを悪魔化し、対話はもちろん接触さえ避ける。何でも自ら判断し、決心し、行動し、他の意見を排除する。
こういう自己陶酔の現象が確認されるもう一つの重要な議題が9・19南北軍事合意書の形骸化だ。形骸化措置の最も根本的な出発点は、力で北朝鮮を脅かせば屈服するか譲歩するだろうという期待だ。これこそがひどい自己陶酔だ。2009年の李明博(イ・ミョンバク)政権当時、キム・テヒョ対外戦略秘書官がそうだった。キム秘書官が、イム・テヒ労働部長官が北朝鮮と整えた水面下の対話のチャンスを台無しにし、北朝鮮に侮辱感を強要したことで起きたのが、2010年の天安艦襲撃と延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件だ。同年初め、北朝鮮が西海(ソヘ)で何かを企んでいるという情報が多数報告されたにもかかわらず、これを無視して大型艦艇を危険水域に進入させ、海上射撃訓練を強行した。これに対して北朝鮮は行動で答えた。数多くの人々が死んで避難したその惨状こそが、戦略的ナルシシズムが国家にどのような不幸をもたらすかを示す教科書だ。
そして今、軍事合意書の形骸化が軍事境界線における北朝鮮の重火器前進配備をもたらすのは、明らかな安保危機のシグナルだ。自分に陶酔した者の耳には2010年も今もこのような警告が聞こえない。さらに尹大統領は、補欠選挙の敗北や万博誘致の挫折のように、安全保障でも実際に経験してみないと気付かないタイプだ。
これはまさに赤壁の戦いを控えて曹操が歩いた道でもある。曹操は周瑜に騙され、現地の地形に詳しい水軍の将軍たちをスパイだとして除去し、指揮の乱れをもたらした。尹大統領は昨年、治安監級以上の警察幹部の大半を交代させており、今年はまともに働いていた大将らを全員追い出したうえ、国家情報院の幹部らも一気に交代させた。外交と情報、軍事に混乱を来さないのがおかしい状況だ。国情院と外交部が万博誘致戦で釜山が確保した票をきちんと計算できなかったというのがそれを裏付けている。
曹操は諸葛亮に計略に陥り、矢10万本を敵に贈る羽目になった。一時、韓国の資産だったロシアの宇宙・軍事技術が北朝鮮に渡ったのだから、ミサイルと砲10万発を北朝鮮に渡したのも同然だ。さらに、中国まで北朝鮮側に回っている。尹大統領は大したことではないと考えているようだが、これがまさに自己陶酔に陥って戦争で判断を誤った曹操の姿だ。
ハンス・モーゲンソーは戦略的ナルシシズムを排撃し、「戦略的エンパシー(感情移入)」を勧告する。優越感に浸って自分の主観を絶対視せず、相手をきちんと知り理解しようと努力すべきということだ。軍事合意書を形骸化し、前線にドローンを多く飛ばすことで安全保障が成し遂げられるという期待は傲慢であり妄想だ。イスラエルがハマスに奇襲されたのはドローンがなかったからではない。パレスチナの疎外、喪失、怒りの感情を理解できず、無視したことで、危機を迎えた。9・19軍事合意書のようなものがイスラエルとハマスの間で維持されていたなら、戦争はなかっただろう。
我々が平和を成し遂げるためには、北朝鮮をどれだけ知っているかが重要だ。北朝鮮に無知な者には平和も勝利もあり得ない。曹操に似ていく今の権力がまさにそうだ。