平和を守るには、相手が挑発してこられないよう強力な力を持たなければならないと認識されている。「力こそが平和」だという公式は、侵略戦争に染まった世界史が人類に悟らせたものでもある。では、力のみで平和が保障されるのか。歴史は力が平和の十分条件ではないことも教えている。時として力は深刻な判断の誤りと対決をあおる原因となるからだ。ゆえに、力ばかりを信奉するのは非常に危険だ。
強い力を持っていても攻撃を受ける例は少なくない。力は平和の保証小切手ではないということだ。今回のイスラエルも、巨大な軍事力を持っていながら攻撃は防げなかった。武装勢力ハマスはイスラエルの市民約1300人を殺害あるいは拉致して衝撃を与えた。彼らはガザ地区の民間人も盾にして抑圧しているという。いずれも許されない蛮行だ。しかし、イスラエルがガザ地区の独立を認めず、非人間的な統制をしてきたことを戦争の原因と考える世論も強い。イスラエルの一方的で強圧的な政策がハマスの報復を招いたという主張だ。
世界最強の米国も攻撃を免れることはできなかった。2001年にニューヨークで起きた9・11テロは、19人のムスリム青年たちがおこなったものだった。犯人たちは、米国が中東でしでかした蛮行に対する報復だと供述した。過去の中東紛争に対する米国の介入と、爆撃で民間人が犠牲になったことへの復讐(ふくしゅう)だということだ。また、中東の強国サウジアラビアがイエメンの反政府武装組織フーシに攻撃されるのも、力が弱いからではない。数多くの自爆テロや人質事件も、力を前面に押し立てた強者に対する憎悪に起因するケースがしばしばある。
実際のところ、報復は強者によってより頻繁に行われる。代表的なものには、9・11テロに対する懲罰として米国が2003年におこなったイラク侵攻がある。しかし人命の損失はもとより、掃討しようとしたアルカイダよりも激烈な武装集団であるIS(イスラム国)を生むという逆効果を生じさせた。バイデンは先日、9・11テロ当時の米国は怒りにまかせてイラク、アフガニスタンで戦争を繰り広げるという失敗を犯したとし、イスラエルはそれを反面教師とするよう勧告した。米国の遅ればせながらの反省だろうか。現在のイスラエルのガザ地区爆撃も強者の報復だ。
時として力は、平和ではなく戦争と没落を招きもする。強者はしばしば、力で目標を貫徹しようとするからだ。第1次、第2次世界大戦でのドイツと日本が代表的な例だ。また、1970年代のベトナム戦争での超大国米国の敗北は、力のみが解決策ではないことを示している。2021年の米軍のアフガニスタン撤退も、途方もない国力を投入したにもかかわらず失敗したケースだ。この過程で米国の衰退がはじまった。1979年にソ連は圧倒的な軍事力でアフガニスタンに侵攻し、それがもとで崩壊への道を歩んだ。同年の中国によるベトナム侵攻も目的は果たせず、退却せざるを得なかった。2022年のロシアのウクライナ侵攻も、力で相手を制圧できるという錯覚から引き起こされた。今、ロシアは難関に直面している。いずれも力を前面に押し立てた傲慢が招いた結果だ。
イスラエルのネタニヤフ首相は「想像もできない破壊」を誓い、ガザ地区に対する攻撃を強行している。しかし、1人のハマスを捕えるために10人のパレスチナの民間人を犠牲にすることは容認しえない。すでに子ども、老人、弱者など数万人の死傷者と140万人以上の難民が発生している。親兄弟を失ったガザ地区の子どもの多くは、イスラエルを憎みながら成長するだろう。彼らが復讐の悪循環を受け継ぐ可能性は高い。いかなる紛争であれ、どちらか一方だけが正しいことはめったにない。国も個人も自己中心性から脱する努力が必要な理由はここにある。
国際社会と国連は、即時休戦と交渉を通じた根本的な解決策を勧告している。何よりも、国際協力システムの回復を通じたハマスの懲罰と戦争犯罪の予防こそ最善の道ではなかろうか。イスラエルの報復は、しばらくは胸のすく思いがするだろうが、さらなる恨みを生むだろう。さらに大きな懸念は、今回の事態が国際社会の分裂とより大きな戦争へと拡大する可能性だ。戦争の火は初期に消さなければ多くのものを燃やしてしまう。
歴史は、真の平和は力ではなく、相手とのコミュニケーションと共感から生まれることを示している。力は補助的手段であり、傾聴と理解こそが主役とならなければならない。感情的な自尊心は報復を呼ぶが、理性的な自尊心は和解を模索する。憎悪の輪を断ち切るにはイスラエル国民の決断が必要だ。米国のバランスの取れた仲裁は特に重要になるだろう。混乱の時代の文化大国である韓国も国際平和に貢献すべきだ。過去に数多くの侵略を受けた韓国は、平和的解決のための議題を積極的に提案するとともに、リーダーシップを発揮してみてはどうだろうか。平和は放棄しえない人類の生存権であり、未来の姿でなければならないからだ。
パク・サンナム|韓信大学グローバル人材学部教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )