筆者は京郷新聞の司法専門記者として働き、退社後、昨年から独立メディア「ニュース打破」の客員記者を務めている。現在、政府と与党が「死刑に処さなければならないほどの国家反逆罪」と主張している「キム・マンベ‐シン・ハンニム録音ファイル」の報道は、私がニュース打破との仕事をする前に出たものだ。この報道の過程や内容についてはよく分からない。だが、記者として検察を取材してきた身であり、パートナーとしてニュース打破に近い立場だ。だから尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権がニュース打破を弾圧する過程を誰よりも近くで目撃している。
解雇された記者たちが作った臨時の組織だったニュース打破は、彼らが元の職場に復帰すると、アイデンティティの混乱に直面した。新人記者を定期採用する小規模な報道機関になるのか、米国の「ポリティコ」のように専門記者が出入りするプラットホームになるのか悩んだ。専門委員制度は後者を念頭に置いたものだ。専門委員のひとりであるシン・ハンニム元言論労組委員長が、昨年の大統領選の直前、キム・マンベ氏との対話の録音をニュース打破に情報提供した。ところが、対話の直後にキム・マンベ氏と巨額の金銭取引をした事実が明らかになり、騒ぎが始まった。だが、専門委員とニュース打破の関係は、初めからやや雑なものだった。
ニュース打破は権力が統制するのが難しいところだと、私に印象付けた報道が3つある。一つ目は「囚人と検察官」シリーズだ。この記事は、検察官が事件を思い通りに扱い、場合によっては操作するかもしれないという推測を具体化した。検察官の言葉と文章が真実ではないこともあるという疑いを市民たちに植えつけた。告白すると、この報道の関連情報の提供は自分にもきた。だが、私は検察を正面から相手にしなければならないこの内容を取材せず、その後、ニュース打破にそのまま出てきた。報道初日の帰途、地下鉄の駅に座ってぼうぜんと報道をみて、自分自身に恥ずかしさを感じた。
二つ目の「検察特活費の公開」は、ニュース打破の報道の独創性と破壊力を示した企画だ。大韓民国のほぼすべての組織の資金を明らかにして処罰してきた検察の資金を明らかにしたプロジェクトだ。弁護士の資格を持っている報道機関の記者は多いが、このような企画はなかった。報道機関が弁護士を選任して情報開示を請求したとしても、こうした結果は出るものではない。ハ・スンス専門委員がこの分野で飛びぬけた専門家であり、ジャーナリストの資質まで備えていたからこそ可能だった。これこそがニュース打破の専門委員制度が狙ったものであり、代表的な成功例だ。
三つ目は「尹錫悦検察総長候補の嘘疑惑」報道だ。2019年の文在寅(ムン・ジェイン)政権の頃、検察総長人事聴聞会の当日午後11時40分、ニュース打破は尹錫悦氏の肉声を報道した。尹錫悦氏自身が2012年に検察官出身の弁護士を紹介したと話す通話録音だ。すると、当時の野党「自由韓国党」は、尹錫悦候補者が偽証したとして候補辞退を要求した。この頃、私が会った大統領府の秘書官は、「ニュース打破のそのような報道はありうるだろうが、時期が意図的だ。聴聞会に影響を与えようとするものだ」と述べた。この報道後、当時の与党「共に民主党」支持派であるニュース打破の読者が大勢購読をやめたために、ニュース打破は財政危機に直面した。
ニュース打破は、最後の聖域といわれる検察権力を監視してきた。大手放送局や新聞が検察を恐れ追従するなか、ニュース打破は違った。文在寅政権の検察であろうが、尹錫悦政権の検察であろうが、区別しなかった。その後、検察トップが大統領になり、ニュース打破が行った検察批判は「国紀紊乱(国の紀綱を乱すもの)」になった。現政権が国紀紊乱だと騒いでいる尹錫悦大統領の大統領候補時代に関する報道も、元をたどれば、最高検察庁中央捜査部の尹錫悦検事の捜査に対して問題提起したものだった。そしてたまたま、尹錫悦検察総長候補者の嘘疑惑と、尹錫悦大統領候補者の手抜き捜査疑惑を報道した記者が同一人物だった。
傍で見ていると、ニュース打破は虚脱しつつも黙々と耐えている。巨大な罠にひっかかったという諦めの空気もある。市民の応援がなければ、外部が壊す前に内部から崩れることにもなりうる。インターネットメディアのニュース打破がなくなれば、次の標的はコメントと動画で発言する個人となるだろう。その個人が保守であろうと革新であろうと安全ではない。改めて言論の自由を守らなければならない。ニュース打破のためではなく、私たちのために。
イ・ボムジュン|「ニュース打破」客員記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )