原子力発電所から爆発とともに煙が上がっているが、国政の最高責任者である首相はこれをテレビのニュースで知ることになる。状況は緊迫していたが、1時間たっても現場からは何の報告も上がってこない。最悪の場合、放射能の被害は半径250キロに達し、首都の市民ら5千万人を避難させなければならない。国が滅びかねない事態を前にして首相の口は乾いていくが、判断に必要な情報は非常に不足している。
映画のシーンではなく、12年前の福島第一原発事故で実際に起きたことだ。福島第一原発が海水につかったのは、津波という自然災害のせいだった。だが1~3号機の核燃料棒が溶け落ち(メルトダウン)、充満したガスが爆発(水素爆発)する中であらわになった民間の運営会社である東京電力の無能と無責任は、なぜこの事故を「人災」と呼ぶべきなのかを物語っている。
当時、収拾の総司令官だった菅直人首相は「東電は(責任を免れるために)危険を過小評価しようとし続けた」と証言している。地震発生の4時間後からメルトダウンという最も深刻な事態が進んでいたにもかかわらず、その時点でもそのようなことは起きていないと報告していた。4日後に上がってきた報告書でも同じだった。このような内容は、事故の1年後にドイツの公共放送ZDFが放映したドキュメンタリー「フクシマのうそ」によくまとめられており、今もユーチューブで見ることができる。
福島第一原発の汚染水の放出は、今や残るはバルブを開けることのみ。隣国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が放出を容認したため肩の荷が下りた。早ければ8月から、1066基のタンクに入っている133万トンの汚染水が希釈されて海に放出される。最初は監視の目があるだろう。国際原子力機関(IAEA)が監視要員を常駐させると言っており、韓国も専門家を派遣したいと日本に表明している。しかし、毎日120トンが30~40年にかけて流されるのだ。世論の関心が薄れれば、汚染水処理は事実上、東京電力の手に委ねられると考えなければならない。せめて約束した処理基準くらいはきちんと守るだろうか。東京電力がこれまでに示してきた嘘と隠蔽の例は、このような疑いが取り越し苦労でないことを表している。
東電の不透明さは事故の前から深刻だった。「フクシマのうそ」には、福島の原子炉を設計した米ゼネラル・エレクトリック(GE)社の退職エンジニア、ケイ菅岡にインタビューするシーンがある。原子炉の定期点検で菅岡を含む点検官たちは、以前には知られていなかった大きな亀裂を確認したのに続き、湿式乾燥機が設計とは逆に設置されていることを発見する。重大な欠陥だったが、「東電はあなたたちに何を要求したのか」と問われ、菅岡はこう答える。「『何も言うな、黙っていろ』でした」。点検報告書からそのような内容を削除し、ビデオも亀裂を撮影した部分を消すよう要求したというのだ。菅岡は職を失うことを恐れて10年ものあいだ沈黙し、退職後、担当官庁にこのような内容を告発したという。深刻なのは、このような隠蔽体質は東電の企業文化にとどまらず、日本の政・官界、報道業界、学界の絡み合う「原子力ムラ」という利権ネットワークと共に作動する構造的な問題だということだ。
時間の経過とともに変化はあったのだろうか。菅直人元首相は2021年の韓国放送(KBS)とのインタビューで「この10年間、東京電力の体質が大きく変わっていないことが最近の地震で改めて分かった」と語っている。同年2月にマグニチュード7.3の強震が発生した際にも、東京電力は稼動中の原発の被害状況をきちんと明らかにしなかったため、隠蔽疑惑が持たれている。汚染水処理についても疑惑を持たれることが多数あった。多核種除去設備(ALPS)でも炭素14がろ過できないことを知りながら、2020年まで隠していた。1回目の処理後も汚染水から白血病や骨髄のがんを引き起こすストロンチウム90が最大で基準値の2万倍検出されたことも、地域メディアが暴露した後になってようやく認めている。ALPSは何度か故障しているが、それもきちんと発表していなかった。2021年9月には25個のフィルターのうち24個が破損していたことが明らかになったが、その2年前にも25個のフィルター個全てが故障していたことが後に明らかになっている。
汚染水は太平洋の水と混ぜれば安全だというのが科学だという。しかし、天日塩を買いだめする国民の不安には経験的な根拠がある。誰の手に握られていて、誰に利益をもたらす科学なのか、という問いが不安の下敷きになっているのだ。今や私たちは、日本でも信頼されない東京電力の「科学」に30年間も付き合わされることになった。
イ・ボンヒョン|経済社会研究院長兼論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )