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[寄稿]全省庁の産業部化と梨泰院惨事

登録:2022-11-10 03:18 修正:2022-11-10 08:59
パク・ポギョン|慶熙大学教授・元大統領府経済補佐官
尹錫悦大統領が先月27日午後、ソウル龍山の大統領室庁舎で、80分間にわたり生中継された第11回非常経済民生会議を主宰している=大統領室写真記者団//ハンギョレ新聞社

 梨泰院(イテウォン)惨事が発生する2日前の10月27日、政府は尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の主宰で非常経済民生会議を開催した。会議は生中継された。江原道知事発のレゴランド問題で金融市場が混乱の渦中にあったため、金融市場安定対策を議論すると予想されたが、議題は中長期課題である産業育成政策だった。悠長なものだと思った。だが、それよりも驚いたのは「すべての省庁が産業部となるべき」という大統領の発言だった。産業部、正確には産業通商資源部は、政府の支援を通じて産業を育成するのが主な業務だ。1960~70年代の産業化初期には中枢的な役割を果たしたが、その後は次第にその役割が縮小し、また縮小すべきだというのが大方の評価だった。そのような中、すべての省庁が産業部のようになれという大統領の指示は、韓国の時間を半世紀前に戻すだけでなく、韓国社会を危険にさらすものだ。

 すべての省庁はそれぞれ固有の目標を持っている。行政安全部は国民の安全に責任を取らなければならず、国防部は国を守らなければならず、国土交通部は国土のバランス発展と交通安全に責任を負わなければならない。環境部は国民の快適な暮らしと環境の持続可能性に目配りせねばならず、雇用労働部は雇用促進と産業の安全に責任を持たなければならない。複数の省庁があるということは、社会が志向すべき様々な価値が存在するということを意味する。国は各省庁の政策を集約してこれらの価値のバランスと共存を実現する。一方、すべての省庁は産業部のようになれというのは、省庁固有の目標と価値を産業育成という目標の下に位置付けよという指示と同じだ。

 大統領のこの発言は、単に産業育成を強調するつもりで口にしたものと言えるかもしれない。しかし大統領の発言とメッセージは、省庁と官僚には実に大きな影響を及ぼす。中央政府の高官のアンテナは常に大統領室に向けられている。大統領の関心がどこにあるかを調べ、すべきこととしなくてもよいこと、言えること言ってはならないことを選り分ける。首相は梨泰院の悲劇が惨事なのか事故なのか、犠牲者なのか死亡者なのかという簡単な問いにも答えられなかった。ほとんどすべての国民は惨事であり犠牲者だと考えているのに、大統領室がそれを快く認めないからだ。首相でさえこの単純な問いに答えられないというのが、大統領と官僚の関係だ。

 大統領の発言は、政府が目指す価値を表さざるを得ない。大統領がすべての省庁は産業部のようになれと言ったのだから、おそらく各省庁はそれなりの産業育成支援策と規制緩和策を打ち出すだろう。環境部は環境産業育成策を、国防部は防衛産業育成策を、福祉部は福祉サービス企業支援策を、教育部はデジタル教育サービス業支援策を報告するかもしれない。省庁の関心がそこに偏っていれば、労働者の安全、教育の公平性、環境の持続可能性、文化の包容性のような価値は知らず知らずのうちに犠牲になったり後回しにされたりする。

 政府の支援を通じた産業育成政策は、民間主導の経済を作るという尹錫悦政権の目標と相反する。なぜこのような矛盾が生じたのだろうか。多くの人が指摘するように「自由市場経済」というスローガンがあるだけで、複雑な経済問題をどのように解決するかという具体化された政策がないからだ。空いている空間があれば結局は何かで満たされるものであり、その中身は自分に最も馴染みのあるもので満たされるのが常だ。これまでに見てきたもの、周りでよく耳にしてきたもので満たされるのだ。政府の支援を通じた産業育成、環境と安全の分野での規制緩和を通じた企業支援がそれだ。だから、産業育成政策が政策の空白を自然に埋めたのだ。そして、それが国の経済を堅固にし、国民生活を守る道だと勘違いしているのだ。

 韓国社会は産業化の過程で、企業と産業の成長という価値にすでに過度に傾倒していた社会だ。21世紀の韓国にとってそれより必要な価値は、安全と包容、環境と公平のようなものだと思う。政府が過去の価値に没頭する時、このような価値は疎かになる。信念に満ちた大統領の発言を聞いて、梨泰院のような惨事が再び発生するのではないか、産業現場でより多くの死が発生するのではないかと心配になった。大統領がこの悲劇に心から共感し、責任逃れをしない姿勢。それこそが傾いた価値の均衡を正す第一歩となり、省庁と官僚に向けたシグナルとなるだろう。

//ハンギョレ新聞社

パク・ポギョン|慶熙大学教授・元大統領府経済補佐官 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1066557.html韓国語原文入力:2022-11-09 19:35
訳D.K

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