米国の中間選挙まであと100日あまり。今回の選挙は政権審判にとどまらず、生活費と医療費、選挙区の区割りと投票ルール、そして民主党内部で強まっている民主社会主義者たちの挑戦が一度に衝突する選挙だ。
現在の情勢は民主党に有利だ。11日現在のリアルクリアポーリングの調査では、政党支持率は民主党が48.4%、共和党が42.5%で、民主党が5.9ポイントリードしている。トランプ大統領の職務遂行に対する評価は支持が40.5%、不満が56.9%。さらに、5月の消費者物価は前年より4.2%上昇し、2023年春以降で最も高い上昇率を記録している。米国の中間選挙は大統領が所属する政党にとって墓場と呼ばれるが、今年は物価に対する不満も加わっている。
民主党の基本戦略は「生活費による苦しみ」を「トランプ大統領に対する怒り」へと変えるというもの。抽象的な「民主主義を守れ」よりも保険料、医療費、食料品価格、居住費による生活苦を前面に押し出し、共和党の減税法がメディケイドと食料品支援にかけている負担を激戦地域の争点にしようとしているのだ。共和党の戦略は真逆だ。選挙の構図をトランプ大統領の「経済の成績表」ではなく、国境・治安・文化戦争と「社会主義に傾く民主党」への反対に変えようとしているのだ。
下院と上院の見通しは異なる。下院は全国的に風が吹くことによって数議席動くだけで多数党が変わる構造になっているため、民主党が優勢だと考えるのが合理的だ。一方、上院では民主党が現議席数を死守したうえで、さらに4議席が必要だ。ジョージア、ミシガン、ニューハンプシャーを守り、メイン、ノースカロライナ、オハイオ、アラスカの4つの激戦地ですべて勝たなければならないのだ。共和党はそのうちの1議席を守るだけで、副大統領のキャスティングボートを含めて上院の支配権を維持できる。全国的な風は民主党に向かって吹いているが、上院は共和党の防波堤になる可能性がある。
注目すべきは、不利な情勢にあってもとにかく選挙で勝つためにトランプ大統領が手段を選ばず行っている戦略だ。トランプ大統領が選挙のために最初に掲げるのは、政策の可視化だ。ホワイトハウスは、チップや超過勤務手当、米国製自動車のローンの利子に対する一時的な所得控除と高齢者の追加控除を「勤労家庭減税」だと宣伝している。今月から子どもの名義で納入できるようになった「トランプ口座」も同様の文脈からのものだ。恩恵は選挙前に実感させ、メディケイドのようなより大きな制度の変更はほとんどが選挙後に実施されるというスケジュールで、政治的負担を軽減している。
問題は、減税メッセージが物価に飲み込まれていることだ。エネルギーとガソリンの価格の上昇が物価全体を押し上げており、関税が輸入品の価格と企業のコストを上昇させているとも批判され続けている。トランプ大統領はウォルマートをはじめとする大企業に価格の引き下げを公然と迫り、自分が価格を下げたと主張している。直接介入型のポピュリズムに近い。共和党の勝敗は、有権者が減税額を先に見るか、それとも生活費やガソリンスタンドの価格表を先に見るかにかかっている。
2つ目の措置は選挙区そのものの変更だ。トランプ大統領はテキサス州などの共和党が握る州政府に、中間選挙前の選挙区割りの変更を迫った。民主党の握る州も対抗措置に打って出た。今年に入って連邦下院の選挙区割りを変更した10の州は、下院の議席の約40%を占めている。
しかしバージニア大学の選挙分析チームは、共和党が選挙区割りの変更によって最大10議席ほどの構造的優位を得たとしても、民主党が全国議会投票に対する意向で約6ポイントリードすればそれが相殺され、下院議席を20議席以上増やしうると分析した。選挙区割りの変更だけで全国的な民主党優勢の流れを覆すのは難しいということだ。
3つ目は、投票ルールと選挙行政を共和党に有利なものに変えることだ。トランプ大統領は有権者登録時に市民権を証明すること、投票時における写真付き身分証明書の提示の義務づけ、郵便投票の制限などを含む「セーブ・アメリカ法(Save America Act)」の可決を迫っている。大統領令や法務省を通じて州政府の有権者名簿を検証したり、選挙日以降に届いた郵便投票の集計を阻止しようとしたりもしている。
トランプ大統領が執ように取っているこれらの措置には、1つの共通の目的がある。11月の中間選挙で問われることを「トランプ政権の2年間で生活は良くなったか」ではなく、「誰が国境、選挙、伝統的な米国を守るのか」に変えることだ。減税は成果を生み出し、選挙区割りの変更は敗北の幅を縮小し、投票ルール論争は支持層の危機感を高める。それに移民取り締まりと法秩序、そして民主党を共産主義と結びつける「反共言説」が組み合わさる。トランプ大統領は政策の宣伝やルールの変更、敵対的な動員を混ぜ合わせた非常に露骨な選挙戦を展開している。
トランプ大統領の選挙戦略に意外な「燃料」を供給したのは、最近の民主党予備選挙での民主社会主義者の躍進だ。コロラド第1選挙区ではメラット・キロス氏が当選15回の現職のダイアナ・デゲット氏を破り、ニューヨークではブラッド・ランダー氏、ダリアリサ・アビラ・シェバリエ氏、クレア・バルデス氏らの進歩派候補が現職または党の主流候補を抑えた。彼らの共通の主張は「すべての人にメディケアを」、「居住費と生活費を下げろ」、「企業の金を拒否する」、そして「世代交代」だ。
彼らの勝利が示すメッセージは「米国全体が社会主義に転換した」ではない。民主党の勝利が確実な、「安全な」選挙区の有権者が、無気力な既成の政治家ではなく闘う候補を選んだということだ。
民主社会主義者は民主党にとって資産であると同時に、負担にもなり得る。彼らは若い活動家や少額支援者を引き寄せるとともに、医療費や家賃などの生活費問題を先延ばしできない政治的課題にしている。中道派の言う「漸進的改善」よりも、有権者の不満を正確に読み取り、その熱を高めている。
共和党は、民主社会主義者が民主党全体を左右しているかのように強調しようとしている。自らを社会主義者と規定する米国人が最近の世論調査でわずか8%にとどまっていることを踏まえた戦略だ。民主社会主義者の強調する移民関税執行局の廃止、警察と刑務所の改革、イスラエル支援の中止、大規模な政府支出といった議題は、保守的な郊外地域や激戦州では共和党の標的にされやすい素材だ。米国独立250周年記念演説でトランプ大統領が「今回の中間選挙は共産主義者から米国を救う選挙」だと主張したのは、民主社会主義者が躍進する民主党に共産主義というレッテルを貼る戦略だ。
しかし、トランプ大統領がすべての進歩派候補を「共産主義者」と非難すればするほど、言い過ぎだという反発が強まるとともに、選挙の焦点が物価や医療費に逆戻りする可能性もある。民主党の課題は、勝利が比較的確実な地域では変化のエネルギーを生かし、激戦区では候補者が地域の有権者の傾向を正確に把握して独立したブランドを確立することだ。また、トランプ大統領の「反共産主義」攻勢によって有権者の経済に対する不満が隠されてしまわないよう、実際に生活費の解決策を提示することだ。
現在、最も説得力のある見通しは「下院は民主党優勢、上院は共和党優勢」というもの。しかし勝敗を分けるさらに大きな問いは、議席数よりも選挙の性格だ。中間選挙がトランプ大統領の国政運営に対する審判になったら、民主党に風が吹く。逆に国境、社会主義、選挙の信頼性をめぐるアイデンティティーの対立となれば、共和党は損失を軽減し、上院を守る可能性が高い。民主社会主義者の躍進は、民主党がどのような言葉で有権者の経済的怒りを組織するかを示している。トランプ大統領はそれに対して、その怒りを別の方向に向けようと試みている。
トランプ大統領にとって今回の中間選挙は、政治生命を保てるかどうかが問われる選挙だ。上院を守っても下院を失えば、来年議会が始まるや否やレームダック状態に陥ることになる。民主党が多数派となった下院は、過去2年間にわたるトランプ政権の違法・腐敗疑惑に関する公聴会を行うはずで、米国の社会とメディアはそれに集中することになるだろう。
トランプ大統領は近ごろ、よく「負ける選挙なら、そもそも選挙はしない。なぜなら、それは不正選挙だからだ」と言っているという。トランプ大統領は支持層を結集させ、拡大する以外に方法がないことを知っている。先月30日、トランプ大統領は「共和党の成果を宣伝し、支持層を結集させる大規模な集会を9月9日から10日にかけてテキサスのダラスで開催する」と発表した。共和党全国委員会(RNC)は、大統領選挙がない年でも特別党大会を開催できるよう、党規約を急きょ変更した。全国のMAGA(米国を再び偉大に)を呼び集め、トランプ氏中心の超大規模な政治集会を行うというのだ。この党大会は、トランプ氏が出馬しない選挙に事実上トランプ氏を出馬させるイベントだ。投票用紙にトランプ氏の名がない選挙では、MAGAは50%も動かないからだ。
スローガンは「MAGAが立ち上がり、共産主義者から米国を救おう」だ。数万人の熱狂的なトランプ支持者たちは、9・11テロからちょうど25年を前に「敵から攻撃される」米国の惨状を思い出し、興奮の最高潮に達するだろう。MAGAの興奮は、選挙のたびにトランプ氏に勝利をもたらしてきた。トランプ大統領は中間選挙での勝利のために、その切り札をまたしても使い、米国をさらに危険な分裂へと導こうとしている。