2023年は「人工知能(AI)の年」だった。
この1年間で目まぐるしく繰り広げられた生成AIの舞台で最も注目されたニュースの人物は、何といってもOpenAIのサム・アルトマンCEOだ。ならば、昨年のAIブームのなかで最も大きな利益を得た企業はどこだろうか。高価なAI半導体を供給するエヌビディアは品薄現象によって巨額の収益をあげた。しかし、マイクロソフトほどは注目されなかった。マイクロソフトは、2019年からOpenAIに130億ドルを投資して株式の49%を確保し、ChatGPTをOfficeのツールと検索エンジンに搭載したサービスを発売した。AIブームを利用者が経験できるサービスとして提供し、マイクロソフトの株価は昨年比で55%も垂直上昇した。ついに2024年1月12日、ニューヨーク証券取引所で、マイクロソフトはアップルを抜き、時価総額2兆8900億ドルと世界で最も価値の高い企業になった(フィナンシャル・タイムズ1月12付1面トップ記事参考)。アップルは2007年に発売したiPhoneの大成功のおかげで、2011年にエクソンモービルを上回る市場価値の世界最高企業になってから、これまでその地位を守ってきたが、長きにわたるライバルのマイクロソフトの追撃を食らった。
■「サティア・ナデラ、2023年の最高の経営者」
CNNビジネスは今年初め、「2023年の経営者」としてマイクロソフトの最高経営責任者(CEO)のサティア・ナデラ氏を選んだ。CNNは「サティア・ナデラは、AIに巨額の投資をしてChatGPTのようなツールを製品群に結合しただけでなく、迅速かつ思慮深く危機を処理する能力で業界を驚かせた」とし、「ナデラのリーダーシップのもとでマイクロソフトは技術イノベーション企業として再び注目されている」という選定理由を明らかにした。
一時は、「独占企業」「抱き合わせ販売」という否定的なイメージのもとで、モバイルの流れとかけ離れた「巨大企業」とみなされていたマイクロソフトが、いまや「イノベーション企業」として再浮上することになったのには、サティア・ナデラ氏のリーダーシップが大きい。「創業は容易だが守成は難しい(創業易守成難)」という昔の言葉があるが、変化の速いIT業界ほどこの言葉がよく通用するところはない。ヤフー、サン・マイクロシステムズ、ノキア、ブラックベリー、モトローラ、かつてのアップルとIBM、日本の主要なIT企業の没落と浮沈がそれを立証する。
ビル・ゲイツ氏とスティーブ・バルマー氏に続き、2014年2月4日にマイクロソフトの3人目のCEOに就任したナデラ氏は、今年で就任10年を迎えるが、在任期間に企業の体質を完全に変えたという評価を受けている。ナデラ氏は2019年、経済誌「フォーチュン」が「今年の経営者」に選定したことがあるが、2023年にはさらに卓越した成果のもとで、再び「今年の経営者」に選ばれた。ナデラ氏が示したCEOとしての成果は、適切な投資、優れた製品、高い収益という外形的な業績というよりも、そのような結果を引き出すようにしたリーダーシップだという点で際立っている。ナデラ氏が示した能力は、不確実性が高く成功戦略が不透明な状況で、巨大で動きの重い組織をどのように変化させたのかというものだ。ナデラ氏のこうした能力が、この10年間でマイクロソフトという巨大企業を機敏な組織に変えて導くことに成功した。昨年のAI分野の成果はその延長線上の一部だ。ナデラ氏が示したリーダーシップと成果は、どのような態度と能力がAI時代の成果と成功につながるのかを教えてくれる有用なシグナルだ。
■「沼に落ちた恐竜」マイクロソフト、10年で「開放性を尊重するイノベーション企業」に
サティア・ナデラ氏は1967年、インドの高級官僚の息子として生まれた。名門のハイデラバード高校とマニパル大学を卒業してから米国に渡り、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校の大学院でコンピュータ工学を専攻した後、サン・マイクロシステムズで一時働き、1992年にマイクロソフトに入社。検索サービス「Bing」の責任者となり、クラウドサービス(AZURE)を切り開いてきたナデラ氏は、予想に反して2014年にマイクロソフトのCEOに抜擢された。
2014年初頭当時、マイクロソフトは「深い沼に落ちた恐竜」の状態にあった。2007年にiPhoneの発売で切り開かれたモバイルとクラウド環境のもとで、アップル、グーグル、アマゾン、フェイスブックがイノベーションと成果を出して急成長していたが、マイクロソフトは停滞に陥っていた。「イノベーション」はマイクロソフトからはかけ離れたところにいるライバル企業の占有物だった。モバイルOSの競争から完全に押しだされ、ノキアを買収してモバイルで盛り返しを試みたが、崩壊の一歩手前だった。市場が拡大しているクラウドでは、アマゾンの競争相手にならなかった。OSとOfficeのアプリの販売が主な収益源だが、利用者のコンピューティング環境がパソコンからモバイルに急速に移り、収益は下り坂の一途をたどった。2014年の四半期別のパソコン販売量は7000万台なのに対し、スマートフォンは5倍の3億5000万台を超えた。
■ナデラ氏、共感と開放性の戦略…マイクロソフトの株価は10年間で1000%成長
ナデラ氏の就任が発表される1週間前の2014年1月30日、「ブルームバーグ」はマイクロソフトのCEOの地位を誰も志願しない「世界最悪の仕事」と表現したほどだ。ブルームバーグは、イーベイ、クアルコム、フォード自動車、VMWareなどから候補としてあがった高位の役員が全員固辞した事実を報道した。巨大企業の古い慣行にとらわれない外部の人材が来るという予想とは異なり、インド出身で22年目の内部人材であるサティア・ナデラ氏が抜擢された。ナデラ氏は、優れたリーダーシップでマイクロソフトの文化を変え、従業員にビジョンを与えた。ナデラ氏が任命された当日、マイクロソフトの株価は36ドルだったが、2024年1月12日の終値は388ドルだった。ナデラ氏の経営10年で企業価値は1000%以上上昇し、世界最高価値の企業となった。
ナデラ氏は就任後、マイクロソフトという航空母艦を誰も予想できない方向に導いていった。中心的な売上源のウィンドウに対する従属的・閉鎖的な政策を自ら崩し、オープンソースであるLinuxと手を握った。開放性と協力を強調し、それまで敵対関係にあったオープンソース陣営に門戸を開いたのだ。2016年にナデラ氏は「マイクロソフトはLinuxを愛しています」というキャッチフレーズを掲げて業界を驚かせ、クラウドサービスでLinux関連のオープンソースの支援に乗りだした。グーグルとアップルのOS用にもサービスを供給した。
特に開発者が集まっているプラットホームを積極的に買収して支援し、オープンソース陣営を囲い込んだ。2016年に求職プラットホームのLinkedInとスウェーデンのインディーゲーム(少人数・低予算で開発されたゲームソフト)「MineCraft」の開発企業であるMojangを買収し、2018年には世界最大のオープンソース開発者のコミュニティであるGitHubを買収した。ナデラ氏はGitHubを買収する際、「マイクロソフトは開発者を最優先にする企業であり、GitHubとともに開発者の自由、開放性、イノベーションを強化する」と明言した。
ナデラ氏のリーダーシップは、OpenAIのサム・アルトマン氏の追放騒動でさらに光った。サム・アルトマン氏が追放されてから復帰する過程で、ナデラ氏は慎重かつ賢明な交渉家として、マイクロソフトの利益を拡大する結果を引きだした。
■「反独占調査」「著作権訴訟」の課題
ナデラ氏の目指す経営哲学は、彼が2017年に出版した『ヒット・リフレッシュ』に詳しく説明されている。マイクロソフトの資産を維持しつつ変化を反映し、「更新(リフレッシュ)」せよというタイトルだ。マイクロソフトを競争中心の文化から「誰もが学べる」という成長中心の文化に変えることに成功したナデラ氏は、「構成員の自信を育てる共感能力がリーダーの最高能力」だと強調する。
ナデラ氏は2014年10月、あるカンファレンスで「女性たちは賃金引き上げを要求すべきでない。時が来れば会社が間違いなく上げてくれると信じて待てばいい。賃金引き上げを要求しないのは、女性だけが持っている超能力の一つだ」と発言し、強い批判に直面した。不適切な発言が問題になった後、ナデラ氏のリーダーシップの特徴があらわになった。ナデラ氏は問題の発言の数時間後に全社員にEメールを送り、心からの謝罪をして、この動画を直接見るよう勧めた。ナデラ氏の著書でもこの事件を詳細に紹介しており、自身の過ちを謝罪した。素直に謝り共感するナデラ氏のリーダーシップは、この事件以降、むしろさらに脚光を浴びた。
ナデラ氏が示した、資産と強みを維持しながら新しさと変化を受け入れる「修復」戦略は、変化がさらに速まるAIの世界において非常に有用な戦略だ。マイクロソフトを最高価値の企業に押し上げた最大の功労者であるナデラ氏が越えなければならないハードルもいくつかある。最高の地位はそのうち退くことが予定されている。これまでにも増して高い実績を維持しなければならない負担を抱えている。マイクロソフトはAI技術を早めに自社サービスに取り入れたことで市場から高い評価を得たが、自社の技術力よりもOpenAIの協力の成果だった。法的なハードルもある。欧州連合(EU)と英国の競争当局は、マイクロソフトのOpenAIへの投資について独占禁止法違反の調査を始める方針だ。ニューヨーク・タイムズなどのメディアは、AIの学習過程での著作権侵害の疑いでマイクロソフトとOpenAIを提訴した状態にある。