高止まりのインフレの恐怖が世界を覆っている。米国は2022年6月の物価上昇率(9.1%)がここ42年の最高値を記録した。英国は7月、主要先進国の中で初めて二桁(10.1%)の上昇率を記録した。韓国の物価上昇率(6.3%)も、1998年の通貨危機以降の最高値を記録。もちろん食卓物価または体感物価はそれよりはるかに高い。地元の食堂の飲食代は上の桁が1つ上がり、中堅企業のP部長が時々楽しむ蕎麦マッククスは7000ウォン(約729円)から9000ウォン(約938円)へと跳ね上がった。
成長率が2%前後の先進国において10%近い物価上昇は、ほぼ経済危機の際にのみ見られた現象だ。主要国の経済学者や専門家たちはしばらくインフレを忘れていた。経済パラダイムが変わってしまったため、低物価が持続するのではないかという錯覚が生じるほどだった。ノーベル経済学賞と呼ばれる「ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」を受賞したニューヨーク市立大学のポール・クルーグマン教授が「ニューヨークタイムズ」に書いた「私はインフレについて間違っていた(I was wrong about inflation)」と題する「反省文」は、インフレの危険性を過小評価する雰囲気が政府と学界に広範に広がっていたことをよく示している。
定年退職取り消し
金は計算がはっきりしている。市場に金があふれるとその価値は下がり、物とサービスの価格は上がるのが道理だ。この20年あまり米国、欧州、日本は景気浮揚を理由として超低金利、さらにはマイナス金利や量的緩和で資金を注ぎ込むことをためらわなかった。新型コロナウイルス禍以降は無制限の資金供給に乗り出した。それでもインフレが生じないとしたらむしろおかしい。
今や市場にあふれ返る「金の復讐」が始まった。より正確に言えば「借金の復讐」だ。このかん市場に供給されてきた流動性は成長の成果ではない。各国政府が気兼ねなく紙幣を印刷して、言い換えれば借金して作り出したのだ。国際金融協会(IIF)の「世界負債報告書(Global Debt Monitor)」によると、2022年第1四半期の世界の負債は330兆ドル(約44京ウォン)。2000年のおよそ4倍に達する。20年あまり前の金と単純比較はできなくとも、負債が類例なく急増していることは明らかだ。
インフレに脆弱なのは月給のみに依存する勤め人だ。しかし、一定の所得さえない退職者は食べていくのがさらに難しい。最近、セーフティーネットが不十分な英国と米国から「定年退職の放棄・取り消し(Unretirement)」の話がよく聞こえてくる理由はここにある。物価高で大幅に増えた出費に充てるために、再び職場に通う退職者が非常に増えたということだ。
この流れを「巨大な退職取り消し(Great Unretirement)」と診断した2022年7月25日の英国「ガーディアン」の報道によれば、過去1年間に働いたり仕事を探したりした65歳以上の男性は8.5%(6万6千人)増えていた。65歳以上の女性の増加率は6.8%(3万7千人)だった。最近の米国労働省によると、退職予定者のうち150万人が退職を保留した。退職して間もない人々を対象にした調査では、回答者の68%が職場復帰を考えていた。
これらの国はもちろん、ドイツ、フランス、日本などのほとんどの先進国は労働力不足が深刻で、退職者の再就職を促している。求人難はコロナ禍にともなう健康・家族重視傾向、移住労働者の減少、ベビーブーム世代の大規模な引退が複合的に作用した結果であるため、かなりの期間続く見通しだ。
韓国では、今回のインフレ以前から十分に多くの高齢者が経済的理由で働き続けていた。ろくな仕事がないにもかかわらず 統計庁の7月の雇用動向によると、65歳以上の就業率は38.8%で、1年前より1.5ポイント増えている。法定定年である60~64歳の約64%、65~69歳の約52%が働いている。労働力不足という先進国の共通現象が時間差で韓国でも起これば、高齢者の雇用環境は好転するだろうという観測もある。
超インフレ時代においてさらに危ういのは、借金を多く抱える債務者だ。インフレが発生すれば金の価値が下がるため、通常は借金の負担が減る。しかし、負債に起因するインフレを抑えるためには、迅速な金利引き上げが欠かせない。借金を抱える人は物価高で生活費に困るようになると同時に、高金利で急増する利子負担の打撃を受けざるを得ない。加えて、今のような超インフレと高金利が短期間に解消される可能性は低いと見られる。米国では物価上昇率を5%から2%台に下げるのに数年かかった。
一般人の生活と最も密接なかかわりのある借金は家計負債だ。韓国は今年第1四半期の国内総生産(GDP)に対する家計負債の比率が104.3%で、調査対象36カ国の中で最も高かった。家計負債の規模がGDPを上回る唯一の国だった。これは、利子負担がどこよりも重くなりうるということを意味する。
借金の復讐の回避
したがって、借金の復讐を回避する方向へと老後設計の重心を移す必要がある。今や借金返済を優先すべき時だ。住宅をはじめとする不動産はすでに価格が大幅に上がっているため、高金利にともなう需要の萎縮でバブルがはじけるとしても、既存の住宅所有者が損失を被ることはないだろう。しかし、多くの借金をして住宅を購入したり、生活費を調達したりしているなら、売却するかどうかを真剣に考えるべき時期に来ている。人類史上最も多くの資金が供給され、回収に忙しい状況であることを考慮すれば、利子を相殺するほど住宅価格が上がる可能性は高くなさそうにみえる。
住宅を売ったり転居したりせずとも生活費が受け取れる住宅年金は、依然として有効な代案だ。7月19日の韓国住宅金融公社の発表によると、住宅年金の累計加入者は10万人を超えた。今年上半期の新規加入者は6923人で、前年同期より36.4%増えた。また、国民年金は物価連動方式なので、それなりにインフレの苦しみを軽くしてくれる。
支出を減らすことは最も古典的でありつつも基本的な対策だ。利上げの目標がまさに消費の抑制だ。やみくもに節約するのではなく、自分の生き方に絶対に必要な物事を優先して消費構造を再構成することだ。特に、物の消費を減らせば、あふれるゴミや気候変動で苦しんでいる地球や未来世代にとって役立つ。「ヒップな」老後生活というわけだ。