本文に移動
全体  > 文化

AI企業が哲学者を採用するわけは(2)

ソン・ヒョンジュのAI人類学 
AI企業が設計する文明
社会的信頼の危機は、ビッグテック企業が哲学者を採用する理由の一つだ=ピクサベイより//ハンギョレ新聞社

(1の続き)

■人類学者が密林の代わりにAIを探究する理由

 世界中で数億人が毎日人工知能(AI)と対話している。秘密を打ち明け、感情的に依存し、人生の重要な決断をAIの助言に委ねる。これは単なる技術の採用ではなく、新しい社会的関係の誕生だ。

 従来の人類学者は、アマゾンの密林や太平洋の島々へと旅立った。見知らぬ文化の儀礼や神話、親族構造を観察するためだった。今日の人類学者は異なる。彼らはスクリーンの前に座り、現代人がAIと交わす会話を分析する。人間が機械に愛を告白し、機械に怒りをぶつけ、機械に人生の方向性を尋ねる方法を研究する。

 これは学術的な好奇心ではない。実用的に必要であるためだ。AIが人間の行動に及ぼす影響を理解できなければ、AIを適切に設計することはできない。オープンAIが人類学者を雇用する理由は、AIをより人間らしくするためではない。AIと相互作用する人間がどのように変化するかを把握するためだ。

 この点において核心的なパラドックスが現れる。私たちは道具を作ったが、その道具が私たちを変え始めた。人間がAIを形成したが、今やAIが人間の認知構造と感情文化を再形成している。このフィードバックのループを理解できなければ、私たちは自分が何をしているのかさえ分からないまま、人類史上最大の実験を進めていることになる。

■社会的不信という真の危機

 ビッグテック企業が哲学者を採用するもう一つの理由は、極めて現実的なものだ。まさに信頼の危機のためだ。AIに対する漠然とした恐怖や不信が広がるほど、企業は社会的正当性を確保しなければならない。「私たちは人間中心的で倫理的である」という宣言が、技術の優秀さを誇示することよりも重要になった世界が到来したのだ。

 これを冷笑的に受け止める必要はない。一部の企業の動きが広報戦略だとしても、社会がAIに単なる性能以上の道徳的正当性を求め始めたというシグナルであるからだ。「AIに意識はあるのか」という問いは、かつては哲学者たちの抽象的な仮説に過ぎなかったが、チューリングテストを無力化するAIが登場した今、規制や法、社会的契約の領域へと移行した。

 機械に道徳的地位を与えられるのか、AIが下した医療判断の責任は誰が負うのかといった問いは、法学者だけでは解けない。存在論、倫理学、認識論が必要だ。哲学者は企業の良心の役割にとどまらず、技術的加速に埋没した組織が人間の尊厳を見失わないよう支える錨の役割を果たす。

■韓国社会に投げかける問い

 ここで視線を韓国へと向けてみよう。私たちの社会は、半導体やデータセンター、フィジカルAI、大規模言語モデル(LLM)などのインフラ投資と技術競争力の確保に命運を懸けている。これは明らかに必要かつ重要なことだ。

 しかし、私たちは同時に別の問いを投げかけなければならない。韓国社会において、技術と人文学の対話はどれほど行われているのか。最近、AI倫理や人間の本質に対する社会的関心が高まるにつれ、哲学の必要性は再び注目されている。しかし、韓国の大学現場では、哲学や文学をはじめとする基礎人文学の専攻が、統廃合や定員削減の圧力に絶えずさらされている。

 研究予算の配分において、理工系大学と人文学部の間のヒエラルキーは依然として強固であり、AI倫理や技術批評を研究する学者たちが、企業の実際の設計過程や政府の政策決定に実質的に関与できるルートは、極めて少ない。

 私たちはしばしば、技術の発展を「より高速なチップ、より強力なモデル」という競争の言語だけで理解してしまう。ところが、グローバルなビッグテック企業が哲学者を採用している現実は、私たちに別の次元の競争を予感させる。結局のところ、人間の欲望と脆弱性についてより深い理解を持つ側こそが、人間にとって最も有益で精巧な技術を作り出せる。これは人文学を救おうというロマンチックな訴えではなく、生存のための戦略的判断だ。AIが人間の言語や文化を学習するシステムであるならば、人間を最も深く理解している集団こそが、最も卓越したAIを設計できるからだ。人文学的な洞察は贅沢な思弁ではなく、私たちに欠かせないものだ。

過去の技術は人間の外部環境を変えたのに対し、AI人間の内部を変える=ピクサベイより//ハンギョレ新聞社

■文明設計企業の誕生

 テクノロジー企業は今や、単なるIT製造・サービス企業を超え、「文明設計企業」へと変貌しつつある。文明設計企業とは、製品を販売するにとどまらず、人々が何を知り、何を信じ、誰と関係を築き、どのような方法で判断するかを構造化する企業だ。20世紀の自動車企業が道路網を敷設して都市構造や郊外文化を変え、ソーシャルメディア企業が関係性のあり方を再編したが、これらは主に人間の外部環境を変えるにとどまっていた。

 一方、AI企業は異なる。彼らは人間の内面を変え始めた。思考や感情、判断の仕方そのものを再設計する。教育、労働、民主主義、さらには愛の在り方にまで介入する。スマートフォンがすでに私たちの日常をいかに構造化してきたかを思い返せば、これは明白な未来だ。哲学者や人類学者を雇用する真の理由は、テクノロジー企業自らが、自分たちを人間社会の秩序と感覚を設計する存在として認識し始めたからだ。

 問題は、この巨大な設計権力が果たして十分に民主的であるかという点にある。多様な文化や階層の声が反映されているだろうか。結局、AI時代の究極の問いは、技術の性能ではなく、「誰が人間の未来を設計する権限を持つのか」という点に帰結する。

 機械の知能が高まるほど、人間に対する理解はより切実になる。アルゴリズムが精巧になるほど、その中に込められる価値に対する省察も深まらなければならない。重要なのは、単なるコーディング能力ではない。人間が何を渇望し、何を恐れ、何を守ろうとしているのかを理解する力だ。

 シリコンバレーの会議室に座る哲学者の姿は、技術と人文学の新たな対話が始まったことを告げる合図だ。古代ギリシャで哲学が政治と出会い、中世の修道院で神学が自然哲学と出会ったように、今日、私たちはコードと人文学が交差する新たなルネサンスの入り口に立っている。社会全体が技術の加速の中でも人間に対する問いを止めないとき、初めてこの技術は私たちを破滅させる火ではなく、私たちを照らす正しい鏡となり得る。機械の心臓に人間の問いを植え付けること、それこそがAI時代を生きる私たち全員に課せられた厳粛な課題だ。

ソン・ヒョンジュ/全州大学 創業経営金融学科 教授(未来学) (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/science/future/1269775.html韓国語原文入力:2026-07-26 11:12
訳H.J

関連記事