「この1週間が、私にとっては特別な感動として記憶されると思います。…私は私が書く文章を通じて世の中とつながる人間だから、今までそうしてきたように書き続けていくことで本の中で読者にお会いしたいと思います。今は今年の春から書いてきた小説を1本完成させようと頑張っています」
ハン・ガンさんは17日、国内の大衆の読者に向けてこのように述べた。今月10日夜(韓国時間)にノーベル文学賞の受賞が発表されてから初めて、国内の公式行事に姿を現した。
ハン・ガンさんはこの日午後、ソウル江南区(カンナムグ)のアイパークタワー内にあるポニージョンホールで開催された第18回ポニー・ジョン革新賞授賞式に出席し、感想とともにこのように述べた。「今まで多くの方々が、心からの温かいお祝いの言葉をくださり」、「私の個人的な暮らしの静けさについて心配してくださった方々もいらしたが、そのような細心のお心づかいにも感謝する」として、「私の日常が以前とそれほど変わらないことを私は信じているし、望んでいる」とも語った。
新作についてハンさんは、「来年上半期に新作でお会いできると良いが、いつ小説が完成するかを予測すると常に間違っているため、正確な時期を確定して申し上げるのは難しい」と話した。ハンさんは昨年末のメディシス賞外国小説賞受賞後の記者懇談会で、「冬からもう春へと進みたい。歴史を題材にした小説は書かないつもりだ」、「もう少し個人的な、命についての小説を書こうと思う」と語っている。
そこからさらに一歩踏み込んでハンさんはこの日、「約1カ月後に私は満54歳になる」として、「ひとまず今後6年間はいま心の中で転がしている本を3冊書くことに没頭したい」と述べた。「3冊ずつ積まれている想像の中の本を考えていると、まともに死ぬこともできないんじゃないかという不吉な予感がする」と余裕もみせた。
長い感想は、「30年の間に私の本とつながってくださった大切な文学読者たちに、困難の中で文学出版を続けていらっしゃるすべての出版界の従事者のみなさまと書店の方々に、そして同輩、先輩後輩の作家たちに感謝を伝える」という言葉で結ばれた。
この日の受賞の感想は事実上、15日ごろに予定されていたものの取り消された記者会見に代わるもの。ハンさんは10日夜の受賞発表直後のスウェーデン・アカデミーのインタビュー、13日のスウェーデンの公営放送との短いインタビューの他は、国内の記者会見形式をすべて拒んできた。作家で父親のハン・スンウォンさんを通じて、全世界の戦争で「日々死が運ばれている中で、宴を開き記者会見をすることなどできない」との意を表明したのみだ。代わりに、今月15日に自身の参加する「毛羽辞典」というムック誌のレターを通じて、母方の祖母との心温まる思い出を回顧しつつ、「スイッチをつけたように、心臓の中の暗い部屋に明かりがともる時がある」と現在の心情を遠まわしに語っている。
ポニー・ジョン財団は先月19日、「ハン・ガン氏は人間の内面を深く見つめるテーマ意識と感情を響かせる表現力で国内外の読者すべてを魅了し、韓国の作家としては初めて英国のブッカー賞とフランスのメディシス賞を受賞するなど、世界文学界の注目を集め、韓国文学の地位を高めてきた」と革新賞への選定理由を語っている。
この日の行事は非公開で行われた。ハン・ガンさんをはじめ、財団理事長のチョン・モンギュHDC会長、現代産業開発の故チョン・セヨン名誉会長の妻のパク・ヨンジャさんらが出席した。