氷河期の間、マンモスやエレモテリウムなどの巨大な草食動物を狙っていた捕食者のうち、スミロドン、ホラアナライオン、太古のハイエナ、アルクトドゥスなどは全て絶滅したのに、オオカミは今日まで生き残っている。その秘訣は、北アメリカからシベリアや欧州をまたにかける太古のオオカミの優れた移動能力にある、とする大規模なゲノム研究の結果が発表された。
英国フランシス・クリック研究所のアンダース・バーグストレム博士研究員らの国際研究チームは、6月30日付けの科学ジャーナル「ネイチャー」の論文で、ユーラシアと北米に生息していた太古のオオカミの過去10万年間にわたる72のゲノムを解析し、このような結果を得たと明らかにした。
分析対象には、ヤクチーアで完璧に保存された状態で発見された3万2000年前のシベリアオオカミと、オオカミなのか最初のイヌなのかをめぐって論争が起こった1万8000年の小型のオオカミの標本も含まれている。この研究には16カ国から81人の考古学者、人類学者、遺伝学者が参加した。
バーグストレム博士は「この研究で解析対象となった太古のオオカミのゲノムを大幅に増やしたことで、イヌの家畜化が始まった時期を含め、太古のオオカミに関する詳しい事情が分かった」と同研究所の報道資料で語った。
主著者のひとり、クリック研究所古代ゲノム研究室のポントス・スコグルンド室長は「科学者たちが大型動物の進化を調べるために、現在のDNAをのぞきこむことで進化過程を再構成するのではなく、3万世代に相当する10万年の間に自然選択がどのように行われたのかを目で直に追跡した最初の例」だと語った。
例えば、オオカミの頭蓋骨とアゴの発達に関与すると考えられるIFT88という遺伝子には、4万年前に新たな突然変異が現れているが、以後1万年の間に、この突然変異は世界のすべてのオオカミへと(現在のすべてのオオカミとその子孫であるイヌにも)広がっていった。研究者たちは、この突然変異は好んでいた獲物となる動物が絶滅した後に、新たな獲物に適応する過程で現れたと推定した。
また、オオカミの嗅覚受容体遺伝子でも突然変異が起き、集団全体へと広がっていったことが明らかになった。生存に必要となる有用な突然変異が素早く共有されたということだ。実際にシベリアのオオカミは、凍りついて陸地とつながったベーリング海を渡ってアラスカへと渡っており、また欧州方面へも随時移動して交配していたことが遺伝子解析で明らかになった。
研究に参加した同研究所のデイビッド・スタントン博士は「オオカミがたやすく、かつ速く生息領域全体を移動できたというのは本当に驚くべきこと」とし、「このような移動能力こそ、オオカミが最後の氷河期にケナガマンモスやホラアナライオンなどの多くの他の動物が絶滅したにもかかわらず生き残った理由だろう」と語った。
一方、今回の研究では、イヌがいつどこでオオカミから家畜化されたのかが明らかになることが期待されたものの、謎は解けなかった。イヌは少なくとも1万5000年前にはオオカミから家畜化されていたことは明らかだが、その正確な時期はもちろん、起源の地をめぐっても東アジア、シベリア、中東、西欧、複数カ所同時とする諸仮説が論争を繰り広げている。
膨大なオオカミのゲノムを解析した今回の研究では、西欧が起源ではないことは明らかになったものの、太古のどのオオカミ集団が起源となったのかを特定することはできなかった。
研究者たちは「欧州北東部、シベリア、北米の初期のイヌたちはみな、ユーラシア東部のオオカミ集団に起源を持つ。しかしユーラシア西部とアフリカのイヌは少し複雑だ」と述べた。「ユーラシア西部では独立的にオオカミが家畜化されたり、東から来たイヌに野生の西のオオカミの遺伝子が流れ込んだりした可能性がある」と研究者たちは付け加えた。
引用論文:Nature,DOI:10.1038/s41586-022-04824-9