一方、イスラエルとハマスの戦争は緩衝区域がないことから被害と衝突が拡大された側面もあるため、地上・海上・空中に緩衝区域を設けた9・19合意の重要性がかえって高まったという反論もある。野党「共に民主党」のキム・ビョンジュ議員は12日、国会国防委員会の合同参謀本部の国政監査で、「9・19合意の効力を停止した場合、南北間の緩衝区域が消えるため、ハマスがガザ地区の隣接地域を奇襲したように、北朝鮮の奇襲が容易になる」と述べた。ハマスの隊員がモーター付きのパラグライダーに乗って壁を越えて侵入できたのは、イスラエルの縦深(作戦範囲や長さ)が短かったためだというのがキム議員の主張だ。イスラエルとガザ地区の間には、朝鮮半島のように非武装地帯や飛行禁止区域のような緩衝区域がなく、高さ6メートルのコンクリートの壁がそびえているだけだ。ハマスの武装隊員の攻撃を受けて数十人が死亡したイスラエルのスデロットは、ガザ地区からわずか3キロメートルの距離にある。
一部では9・19合意が「武装解除をもたらした利敵行為」だと非難するが、合意事項は南北双方に適用されており、韓国だけが譲歩したわけではない。特に朝鮮半島の西部地域は軍事境界線以北の北朝鮮上空20キロメートルまで飛行禁止区域が設定されており、北朝鮮戦闘機の接近を事前に警報・処置することができる。これは縦深が短い首都圏の防衛に役立つ。キム・ビョンジュ議員は「9・19合意以前にも韓米偵察機は北朝鮮の対空ミサイル射程外である軍事境界線20キロメートルの南側でのみ飛行したため、9・19合意による飛行禁止区域の設定により北朝鮮の挑発兆候監視が疎かになったという主張は事実と異なる」と述べた。
イスラエルは、世界最高の監視偵察手段でガザ地区をリアルタイムで制限なく監視できるにもかかわらず、ハマスの奇襲を受けた。イスラエルとハマスの間には9・19合意のようなものがないため、韓国政府と与党が主張するように監視偵察の失敗ではなく、情報判断の失敗である可能性がある。9・19合意当時に南北将官級会談の南側首席代表だったキム・ドギュン元首都防衛司令官は「イスラエルとハマスの戦争の最大の教訓は、残酷な戦争が起きてはならず、戦争の拡大と民間人の被害を防がなければならないということだが、筋違いの9・19合意の効力停止が取り沙汰されている」と語った。
一部の国内メディアでは、有事の際、北朝鮮特殊部隊員20万人がレーダーでは感知できない低高度侵入用航空機「AN2」に乗り込み、ソウル上空に侵入する可能性があるという報道もあった。この主張についても確認すべき部分が多い。AN2は木と布で作られているためレーダーでとらえられないというが、主な胴体は金属であるため、韓国軍のレーダーと早期警戒機で感知が可能だ。夜間飛行能力がなく飛行の騒音が大きいため、「羽の付いたトラック」と呼ばれており、奇襲の侵入手段にしては隠密性が低い。
この飛行機は最高速度が時速180キロメートルだが、武装兵力12人が乗ると速度が落ちる。京畿道北部に張り巡らされている対空防衛網を破り、首都圏まで進入してくるのは容易ではない。特殊部隊20万人が侵入するためには、AN2約1万6700機が必要だが、北朝鮮は現在、300機ほどしか保有していない。大規模な兵力侵入手段としては明らかな限界がある。
先日まで「無敵の盾」として知られていたイスラエルのアイアンドームがイスラエルとハマスの戦争以降「無用の長物」に転落したという報道が相次いだ。オム・ヒョシク元合同参謀本部公報室長(予備役大佐)は、「韓国社会はイスラエルとハマスの戦争の影響と教訓を冷徹に分析し、合理的な選択をしなければならないが、アイアンドームの事例のように、(批判の在り方が)極端に傾く断定的な評価をしている」と指摘した。
ロケットをミサイルで迎撃する方式のアイアンドームは、イスラエルの戦場環境に特化した兵器体系だ。実際、発射されたロケットを100%迎撃しても、ロケット発射台が健在な限りロケットを引き続き発射できるため、ロケット発射台をミサイルや戦闘機攻撃で破壊する打撃が迎撃より効果的だ。しかしイスラエルは、ハマスがロケットを発射した場所(原点)を打撃することが難しいため、迎撃に重点を置いた。ハマスがガザ地区の民間地域に入り込んでロケットを発射するため、原点打撃をした場合、民間人への攻撃とみなされるからだ。
イスラエルと韓国は戦場の環境が異なり、対処方式も異なる。北朝鮮の長射程砲は民間居住地域と離れた場所に配置されている。そのため、韓国は北朝鮮の長射程砲の打撃に焦点を当てている。韓米は北朝鮮の長射程砲攻撃が差し迫ったという兆候が見つかれば、戦闘機と砲兵(自走砲、多連装ロケットなど)、韓国型戦術地対地ミサイル(KTSSM)などで北朝鮮の長射程砲の洞窟陣地を崩壊させる。残った北朝鮮の長射程砲が砲撃を加えた場合は、韓米の対砲兵レーダーが砲弾の軌跡を逆追跡し、砲台の位置を探し出して破壊する。それでも除去できなかった長射程砲の反撃に備え、首都圏の主要施設などを守るのが、「韓国型アイアンドーム」と呼ばれる北朝鮮長射程砲迎撃システム(LAMD)の開発目的だ。